90日のシンデレラ
 「どうした? シナモンは苦手?」
 「あ、いえ。お、美味しそうだから、食べちゃうの、もったいないな~って」
 「そう。また作ってあげるよ」

 美味しそうだから、食べちゃうの、もったいない――それは半分本当である。残りの半分は、こう。

 (私、朝からこんなにできない!)
 (これが普通のことなら、ヤバくない?)
 (きっと、次にはこうくるはず!)

 その真紘の予感は見事に当たる。

 「今度さぁ、真紘の手料理を食べてみたい。もちろん……」

 グラスへ伸ばしかけた真紘の手の動きが、ピタッと止まる。
 仕事での真紘の能力のことは、もう充分瑠樹は知っている。でも私生活はそうとも限らない。男子特有の女子に対する理想像を、この瑠樹が持っていることも大いにあり得ることだ。
 ここは正直に事前申告するほうが賢い。うん、きっとそう。真紘はぎこちなく告げた。

 「あの、悪いんだけど……」
 「何?」
 「私、料理下手なの。あるもので、ちゃちゃっと作ることはできないの」
 「え? 嘘だろ?」

 瑠樹の目が丸くなる。
 ボーディングスクールでまかない料理を覚えた瑠樹にすれば、女子とはそんなことをしなくても料理ができるものだと思い込んでいた。男子特有の女子に対する理想像を、瑠樹も抱いていた。
 世の中には、自分の想像を超えたことがある。それはかなりの高頻度で起こるとわかる今朝の出来事であった。
 こうして真紘はパブリックで業務改善コンペの指導を受けるだけでなく、プライベートでも料理の指導を瑠樹から受けることになったのである。


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