90日のシンデレラ
 「真紘、しばらく忙しくなるから、あまり会えない」
 「…………」
 「できるだけ時間を作ってくるから、それまでの間、少し我慢してくれる?」

 うんと、真紘はうなずいた。
 キスの余韻で真紘の瞳は少し潤んでいる。その顔を確かめてから名残惜しそうに真紘を解放し、瑠樹はショッピングバッグを手にする。
 最後に「じゃあ、社で」といい残して、瑠樹は社宅を出ていったのだった。

 残された真紘は、思う。何を今さらと。
 瑠樹が忙しいのは、昨日今日にはじまったわけではない。できるだけ時間を作るというが、きっと今日のような感じでまた瑠樹はふらっと(・・・・)ここにやってくるに違いない。
 そもそもが、今日は瑠樹のいない休日だったのだ。午後からはその『そもそも』に戻るだけである。
 朝からモーニングに連れ出されてしまった……と、本日の予定の、まだできていない洗濯を真紘ははじめたのだった。




 変化はやってくる。それは、知らないうちにだったり、いきなりだったり。登場の仕方は、いろいろだ。
 真紘の場合は、こうだった。
 瑠樹がスーツを持ち帰った土曜日から二日後の月曜日の夕方のことである。業務改善コンペの四次審査の結果が出た。
 結果は落選――文末にはコンペエントリーへの感謝と労いの言葉。続いて業務的なエントリー者特別待遇解除の手続き方法と社交辞令的なメイン業務への激励が記されている。
 そう真紘は、翌日の火曜日を最後にあのコンペ室には出入りできなくなる。
 金曜日に提出した業務改善コンペのレポートもそれきりで、戻ってこなかった。



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