90日のシンデレラ
 ――しばらく忙しくなるから、あまり会えない
 ――できるだけ時間を作ってくるから、それまでの間、少し我慢してくれる?

 うまい言い回しだと、真紘は思う。そういわれると、「ああ、そうなんだ」と思う。なまじ、瑠樹は忙しい人間だからなおさらに。
 別れをストレートに告げると、相手が本気になった分だけ話は揉めるもの。
 ふたつ出た結論の辛いほう――瑠樹は「もう時間だよ」といって終止符を打ったことのほうを、真紘は正しいと思うことにした。

 瑠樹のことはあくまでもプライベートのこと、公私混同をしてはいけない。研修終了まで、真紘は極力気持ちを強く持つように努力した。
 その後、社で瑠樹とすれ違うことがあれば、今までと同じように真紘は軽く会釈する。向こうは向こうで、手を挙げたり目配せをしたりするが、何も反応が返ってこないときも出てくる。

 (そうよね、終わった相手に愛想を振りまくことはないし)

 すっかり瑠樹の荷物が真紘の借り上げ社宅からなくなってしまう頃には、真紘の心の傷も小さくなってくる。瑠樹を連想させる断片が目に入らなければ、瑠樹のことを思い出す頻度が減って自分の心を誤魔化しやすい。
 とはいっても、失恋したから気分は上々というわけではない。時折、遠目に瑠樹の姿を見つけてしまえば、故意に避けた。間借り開始直後の真紘が復活していた。
 そうして瑠樹との距離を疎遠にしていって、本社研修発表会当日を迎えたのだった。



 †††



 そもそもが、三ヶ月限定の研修ということで真紘はキャリーバッグひとつで、この借り上げ社宅マンションへやってきた。備え付けの家具はレンタル品で、台所用品などは百円ショップで必要最低限だけを揃えた。宅配便代もバカにならないから、実家に持って帰るものは段ボールひとつ分だけと決める。ごみの日を確認して、捨てることができるものは事前に処分していった。

 そうして、すべての日程を終えて、借り上げ社宅退去日になる。
 指定の時間にチャイムがなる。総務部の、真紘の担当の鎌田女史だ。ここの借り上げ社宅の引き払いの立ち合いにきたのである。

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