90日のシンデレラ
 ふたりでマンションの部屋を出しまえば、オートロックで扉に錠が下りる。カードキーを返却してしまったので、もう真紘はここに戻ることはできない。
 またもや奇妙なセンチメンタルに真紘は襲われるが、それは明るい鎌田女史の声で消え去った。

 「こちらをどうぞ。空いていればいいんだけど、美味しいオムレツのお店です。穴場なのよ」

 鎌田女史はとあるリーフレットを差し出した。ここから羽田空港までの途中にあるカフェである。他にもパティスリーなどの情報をまとめたペーパーを一枚もらう。土産物にちょうどよさそうな品ばかりであった。

 「ありがとうございます。助かります」
 「お役に立てば幸いです。では、これで失礼します」

 鎌田女史とはマンションエントランスでお別れとなる。彼女は社用車に乗ってここまでやってきていた。まっすぐに来客用駐車場へ向かう。
 真紘は真紘でキャリーバッグを引きながら駅に向かおうとして、ふと、こんなことに気がついた。

 (私の鍵は、さっき鎌田さんへ返したけど……)
 (瑠樹さんの鍵って、どうなっているの?)
 (いやその前に、どうやって瑠樹さんは鍵を手に入れたのかしら?)

 瑠樹が借り上げ社宅へやってきたときのことを思い出す。鍵は総務部で管理しているはずなのに、奇妙な話である。これってセキュリティがガバガバではないか? 今になって、そんな疑問が湧いて出たのだった。
 振り返って、真紘は目で鎌田女史の姿を探す。だがもう彼女は、植込みの向こう側へ隠れてしまっていた。

 (ま、いいか。もう終わったことだし)

 あらためて真紘は、一歩を踏み出した。
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