90日のシンデレラ

10*悪魔、再び

 暁紀(あき)と会うのは何年ぶりだろう。
 兄の邸宅へ向かいながら、瑠樹は思う。十五年前に海外業務を父からいいつけられて、幼い息子と妻の薫を連れて暁紀は出国した。

 (あのときは、佑紀(ゆうき)はまだ三歳だったか?)
 (まだ言葉も何もわからないうちがいいだろうとかいって出発したんだった)

 その暁紀の一人息子、佑紀は現在高校三年生。日本と違い九月入学制度を採用している地域であれば、彼はつい先日卒業したばかりだ。そして進学先は、日本の大学でなく海外のボーディングスクールである。
 全寮制の学校に進学してしまえば、もう佑紀の世話はいらないと薫はいう。さらに薫は、海外生活も悪くはないが長年にわたると日本が恋しくなるともいう。
 それだけなら一時帰国してまた海外へいくということもあるのだろうけど、そうはならなかった。薫は難治性の病気を患うこととなり、その治療のために兄夫婦は息子を現地に残して帰国することになったのである。息子の進学と妻の発症は、なんとも絶妙なタイミングだった。

 「フライトがストになったときは、ちょっと焦った。無事、検査入院には間に合ったからいいものの、ヒヤヒヤものだった」

 もっとヒヤヒヤするシーンは他にもいろいろあっただろうと、弟の瑠樹は思う。でもそんなことはいわない。兄は妻のことをひどく愛していて、その愛妻家ぶりは親族でも有名なのだ。
 今回の帰国は、妻に充分な治療を受けさせたいと海外事業の統括の交代をグループ本社社長である父へ申し入れて実現した。今回は、一時ではなく永久帰国となったのである。

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