90日のシンデレラ
 「家庭の都合って?」
 「主任のところの子育てが大変なのは知っているよね。それで主任じゃなくて、どうやら奥さんのほうが倒れちゃったみたいなの」

 主任が双子を授かったことは知っていた。真紘に育児経験はないが、子供をひとり育てるだけでも大変なもの。なのに、それがふたりとなれば単純に考えてもその労力は倍、いやそれ以上もあり得る。
 つまりだ、主任自身も社で過大な業務を任されて、いつ倒れてもおかしくない状態であった。その主任がダウンする前に、夫から育児協力が得られなかった妻のほうが先に壊れてしまったのである。

 (ある意味、これも労災っぽいよな。業務過多が家庭に影響を及ぼしているんだもん)
 (奥さんのことを考えれば、東京研修に主任がいかなかったのは幸いだったのかもしれない)

 あの研修はずっと主任が参加すべき内容だと真紘は思っていた。
 だが、一度受けてしまえば途中で研修を放り出すことはできないし、かといって妻のことだって放置できない。妻の育児疲労は今にはじまったことではないだろうけど、こういう未来がくることを主任は予測していたのかもしれない。

 (確かに、独り身で気楽な身分は、私しかいないかった)
 (なんだかなぁ、うまくいかないな)

 主任の辞任の経緯がわかったのはいいが、はてさて、この研修報告書はどうすればいいのか?

 「じゃあ、主任の代わりは、いまは誰か務めているんですか?」
 「課長」
 「課長って?」
 「あの課長」

 ここで嫌な予感がする。件の主任を業務過多に追い込んだのは、あの課長ではなかっただろうか?

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