90日のシンデレラ
 そういえば、お兄さんの都合で予定が変更になったんだったと真紘は思い出した。その直後、瑠樹とお別れになったから、すっかりそのことは忘れていた。

 「来週……相変わらず忙しいですね」
 と、真紘。
 「いや、だから……」
 と、歯切れの悪い瑠樹。
 暖簾に腕押しのような真紘との問答に、瑠樹のほうが悲鳴を上げた。

 「いや、真紘。しっかりきいて。俺はひとりでいくんじゃなくて、真紘についてきてもらいたいなと思っている。いや、決めている」
 「はい?」

 瑠樹のストレートな言葉に、真紘は目が丸くなったのだった。



 「あの、結婚報告とは……一体、誰と誰の?」
 「俺と真紘だ。真紘の夫になります、今後よろしくお願いいたしますといったのだが、どうも話が通じなくて」

 (真紘の夫になります…?)
 (私の……夫)
 (結婚報告……ああ、だからこのスーツなんだ)

 スーツの謎が解けた。結婚の申し込み、瑠樹のほうは報告と事後のことになっているのだが、をするために瑠樹は正装しているのだ。ここぞいうプレゼンのために特注したスーツで。
 帰宅したときの父の言葉を思い出す。

 ――ちょっとあんた、いきなりやってきて娘をくれといわれても、認めるわけないだろ!
 ――真紘からそんなこと、ひと言もきいていないだぞ。
 ――勝手なことは許さん!

 瑠樹の回答と父の苦言は、微妙に辻褄があう。父の反応はおかしくない。そうなるわよね、普通は、と真紘は思う。
 視線を瑠樹に戻せば、真剣な表情をした瑠樹がいる。この顔は業務のときの顔だ。特上のスーツを着て、でも山菜うどんを前にしているが。

 真面目なようで、どこかズレたところのある瑠樹を再認識すれば、真紘はなんだか体の力が抜けてきた。
 出会いのエレベーターのときも、夜の首都高速ドライブのときも、初デートのときもそう。傍若無人に振る舞う人だった、この人は。
 真紘のことなど何ひとつ、お構いなしで瑠樹はさっさと決めてしまう。俺様で、自己中心で、ひとりで勝手に先にいって、でもときに振り返って真紘の世話を焼いてくれたりして……

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