90日のシンデレラ
 ちなみにマダム山形が独身だったときの父の誠二の秘書を務めていたときも、同じような状況であった。
 マダム山形はそのときはもう既婚であったので害はなかったが、前の前の秘書は他部署の女子社員から執拗な嫌がらせを受けていた。その当時と今では社会背景が異なるが、父としては心配なのだろう。

 で、この良子夫人である。
 彼女はもと北峰コーポレーションの社員だった。職位は、秘書ではない。受付嬢でもない。総務部や事務員でもない。なんと、社員食堂の調理員であった。

 もちろん社長が命じれば、昼食はいくらでも秘書らが上等なものを用意してくれる。
 ところが誠二は、時間を見つけては足繫く社員食堂へ通った。食べるのものも、一般社員と変わりない。食券を買って、列に並ぶという。社の社長が自社工場の食堂で社員と同じ昼食を食べるなんて、今では社の黎明期ならではの心温まるエピソードとなっている。
 実際はこれ、単に良子調理員とのコンタクトを求めての誠二の行動だった。

 (会長と奥様のいきさつを知っている身としては、瑠樹さんの椎名さんへの入れ込む様は、よく似ていたわ)
 (親子よね~)
 (すぐにわかっちゃった)

 会長と良子夫人の詳しいきっかけは知らないが、瑠樹と真紘のきっかけは『業務改善コンペ』である。
 真紘は真紘で必死になって瑠樹から距離を取っていたのだが、当の瑠樹は淡白なようでいて真紘のことを事細かくチェックしていた。
 真紘のレポート提出があれば、すぐに転送するようにと瑠樹は命じる。そればかりか自分が不在時の真紘の入室記録を確認もしていた。

 父誠二の妻良子へのストーカー実績を知っているマダム山形にすれば、これらのことは胸の内に留めた。心の中で苦笑しながら。
 自分の動向がマダム山形を介して瑠樹に筒抜けであったことなど、もちろん真紘は知らない。

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