英雄閣下の素知らぬ溺愛
 すっぽりと、自らの腕の中に納まったカミーユの、健やかな寝顔を眺めながら、アルベールは思う。本当に、間に合って良かった、と。

 明るく声をかけてくれる彼女に、懸想する者がいることには気付いていた。自分もまた、彼女に惹かれている者の一人であったから。けれど。



 ……彼女をただ『女』としてだけ認識して、無理矢理その身体を暴こうとするとは。



 今思い返しても、不快感にも似た苛立ちが込み上げてくる。

 あの日、彼女の姿がないことに気付いて、本当に良かった。胸騒ぎがして足を運んだ、あまり人も立ち寄らない倉庫となっている小屋の中。引き裂かれるようにして乱れた彼女の服と、逃げようと暴れる彼女を抑え込む、三人の男の姿。

 ぎゅうと、カミーユを抱きしめる腕に力がこもる。

 アルベールの姿を見た彼らは、その顔に下卑た笑みを浮かべていて。あろうことか声をかけて来たのだ。『丁度良いところに来たな』と。

 『今から楽しむところだから、お前も仲間に加わらないか』と。

 その場で、殺してしまいたかった。



 怯えているカミーユに血を見せたくはなかったから、あの場は制圧するに留めたが……。今考えると、よく抑えられたものだな。



 気絶した男たちを縛り上げ、来ていた服の上着をカミーユに渡して。アルベールはカミーユと共にバスチアンの元へ向かおうとしたのだけれど、彼女は男たちを見張ると言って、小屋の前に残ると主張した。気丈にも笑みを浮かべて見せる姿に、強い人なのだと思ったのだ。その時は。

 バスチアンの元へ向かおうと踵を返し、歩き出し。やはりどうしてもカミーユを一人にしたくなくて、彼女の元へと戻った時。

 必死に声を殺して涙を流す、彼女の姿を見るまでは。



 守りたいと思った。絶対に。



 これ以上、彼女が傷つかないように。身分や、政治的なしがらみなど全て捨てでも、彼女を守り、共に生きたいと。

 だからこそ、彼女の傍にいられる今が、これ以上ない程に幸せで。それと同時に、彼女を守れなかった自分が、情けなくて仕方がないのだ。



 あの時の傭兵たちは、カルリエ卿が始末したと聞いたが……。今回は少々面倒だな。



 あの時も、今回も。本当ならばすぐにでも、この手でその命を絶ってしまいたかった。カミーユに恐怖を与えた者たちに対する慈悲など、欠片も持っていなかったから。だが、だ。

 今回の場合、背後に誰かがいるかもしれないため、簡単にその命を奪い、その存在を消すことも出来ないのである。
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