英雄閣下の素知らぬ溺愛
「あの、何か私の顔についておりますか……?」



 特別におかしな化粧を施したつもりもなければ、面白い表情を作っているわけでもないのだが。いや、自分がそう思っているだけで、なにか奇妙に見えるところでもあるのだろうか。それにしては、彼の表情はそういった類のものを見る顔ではない気がするが。

 ぐるぐると思考を巡らせるカミーユの言葉に、アルベールは少し驚いたように瞬きを数度繰り返した後、「ああ、すまない。そうではないんだ」と、再び嬉しそうに笑った。



「君が、こんなに傍にいることが嬉しくて。その愛らしい様相を、全てこの目に映しとれたらと考えていただけだ。驚かせてしまってすまないが、許して欲しい」



 恥ずかしげもなく告げられた言葉にたじろぐも、謝られるほどの事ではないため、「い、いえ、別に構いません……」と応える。カミーユの知っている、周囲の人たちから聞いた彼の姿とのあまりの違いに素直に驚きながら。



 皆さんが知らないだけで、案外遊んでらしたのかしら……?



 あまりに自然な言葉は、どちらかといえば口説き文句に近いものだ。彼の容貌でそれを口にすれば、カミーユのように特殊な事情がない限り、彼の虜となるのにそうかからないだろう。
 そう思う程には、アルベールはうっとりと、幸せそうな顔をしていた。

 けれどそれならば、と思うのだ。
 やはり、合点がいかないのである。なぜ、自分に求婚したのか。その根本的な点が。
 まずはそこから聞いてみなければと、カミーユは息を決して、「あの……」と再び口を開いた。



「不躾を承知でお聞きしたいのですが、……なぜ、私に求婚されたのか、お聞きしても構いませんか?」



 自分を哀れんだためだろうと思っていたけれど、はたしてそれだけの理由で公爵の地位につくことが決定しているほどの人物が、たかが子爵家の令嬢に求婚するだろうか。もし何らかの理由があるとしても、家門の信用に足る人物をあてがう方が理にかなっているはずだ。それなのに、なぜ。

 考え続けても答えの出なかった問いを本人へとぶつけ、カミーユは静かにその返答を待つ。
 アルベールはまた数度瞬きをした後、ゆったりと組んでいた長い足を組み替え、柔らかく微笑んだ。「決まっている」と、呟きながら。



「ずっと、君を愛していたからだ。君が、クラルティ伯爵家の次男と婚約を発表する前から、ずっと」
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