英雄閣下の素知らぬ溺愛
 静かに告げられた言葉。その単語の一つ一つは頭に入って来たけれど、その意味が上手く呑み込めず、カミーユはこてんと首を傾げた。
 一体、どういうことだろう。

 そんな考えが顔に出ていたのか、途端、アルベールがその目を柔らかく細める。何やら口許だけで言葉を紡いだ後、「そう、悩むようなことではないはずだが」と、今度はカミーユにも聞こえる声量で呟いた。



「言葉の通りの意味だ。私は、ずっと君を愛していた。だからあの時、君が婚約を解消すると聞いて、すぐに求婚した。……また誰かに奪われたくはなかったからな」



 「それだけの話だ」と、彼は真っ直ぐに答えてくれる。気負うこともなく、まるでそれが当然のように静かな表情で。
 けれど。



 その『それだけの話』が、信じがたいのですが……。



 アルベールは自分を愛しているという。彼からすれば格の違う、ただの子爵家の令嬢である自分を。
 そもそも、身分差などを抜きにして考えてみても、だ。



「……申し訳ありません、アルベール様。やはりわたくしは信じられませんわ。挨拶を交わす以外、お話したこともないというのに、愛していると言われましても……」



 困惑したまま頬に手を当てて、そう呟く。万が一にも有り得ないとは思うが、一目惚れをした、という方がまだ話が分かるというもの。
 それなのに、ずっと愛していたというのは、カミーユにとってはあまりにも納得が出来ない言葉だった。

 アルベールはそんなカミーユの様子を見ながら、しかしその顔の笑みを消すことはなかった。



「それには私も同意見だ。言葉を交わすこともなく、愛していると言われても困るだろう。私ならば、相手を知った上で想いを伝えたいと思うが」



 どこか含みのある笑みと共に紡がれた言葉。それを、ゆっくりと脳裏で反芻しながら思う。アルベールが今言ったことが本心であるならば。



 私たちは、どこかで会ったことが、ある?



 それも、一度と言わず、何度も。そしてしっかりと言葉を交わして、お互いを知った上で自分は想いを伝えているのだ。彼が言いたいのはそういうことだろうか。そう、思うけれど。

 ちらりと、すぐそこにある美しい容貌を見て、重なる視線に慌てて視線を逸らす。あまりにも忘れがたい、その姿。



 いくら私が男の人が怖いからと言っても、彼のような人と言葉を交わしておきながら、忘れられるものかしら。



 視線を目の前の紅茶まで落とし、首を傾げて百面相するカミーユの姿を、藍色の瞳は相変わらず幸せそうな色を浮かべて、真っ直ぐに見つめていた。
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