英雄閣下の素知らぬ溺愛
 口に出すよりも、行動で示してほしいものだわ。……もっとも、本気で実行に移す気があるならば、今ここで口に出すことはないでしょうね。



 口に出して言うということは、止めて欲しいという意思表示だろう。もしくは、同調を求めているだけか。
 そして、立場上、自分はそれを止めなければならない。()()()()()()()()()()からだ。()()()()()()()は。



「……そんなこと言わないで。とても悲しくて、死んでしまいそうだと思うけれど、だからと言って他の誰かの死を願うなんて……。私はただ、あの方の傍にいたいだけなのに……」



 儚く、しおらしく。誰にも胸の内など見せず、可憐な令嬢を演じる。可憐で、薄幸な、誰もが護ってあげたくなるような、そんな令嬢を。

 暗い表情で告げた言葉に、侍女は「お嬢様は、お優しすぎます……」と、感極まったように言葉を詰まらせる。なんて可哀想なのだろうと、苦しそうに胸を押さえながら。

 全く。哀れに思うならば、さっさとあの邪魔な女を片付けてくれれば良いというのに。



 なんて、使えないの。



 口先だけの同情なんて、何の役にも立たないのだから。



「さあ、もうこの話はやめましょう。哀しくなるだけだもの……」



 これ以上、何を言っても無駄だろうと思い、暗い表情をそのままに、再び前を向いて歩き出す。日傘は相変わらず、くるくると回っていた。

 侍女もまた、それに応じて歩き出す。明るい陽の光を浴びながら、あてもなく散歩道を歩き続けて。
 「そういえば」と、侍女が口を開いた。



「ベルクール公爵夫人が、今年もティーパーティを開くようです。例年通り、そうそうたるご婦人方がお集まりになるらしいですわ」



 ふと、思い出したというように侍女がそう呟く。相変わらず、こちらの機嫌を取るのは上手いのよねと、思いながら、「まあ」と明るく口にした。

 逆を言えば、機嫌を取ることしか出来ないのだけれど。そもそも、そのくらいも出来なければ、こんなに長い間、彼女は自分の侍女などやっていなかっただろう。



「今年も開かれるのね。いつか私もご招待頂きたいわ。何しろ、この国有数の貴婦人たちが集まるティーパーティですもの。招待されただけで、名誉なことだから」



 ベルクール公爵家の夫人が毎年開いている大掛かりなティーパーティ。公爵夫人が自ら招待した者だけが参加できる特別な場所。想像するだけで、気分や晴れやかになる。

 最も、参加しているのは主に、公爵夫人の友人か、国内でも有数の貴婦人のみであり、貴族であっても未婚の令嬢が参加したことは一度もない。だから、自分が参加できなくても仕方がないと思っているけれど。

 いつか、あの方と結ばれ、公爵夫人の義理の娘として参加出来たならば。



 人々の羨望を受けて、その場に登場して。あの方にもお願いして、共に参加してもらえたならば。……これ以上にないほど、気分が良いでしょうね。



 淡く頬を染め、そんなことを、思った。
 先ほどまでくるくると回っていた日傘は、白い素肌が焼ける事の無いように、静かに陽の光を遮っていた。
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