英雄閣下の素知らぬ溺愛
「だって私たちは恋人でもなんでもないんだもの。仮にアルベール様が私に好意を持ってくださっていたとしても、一方的にそういった物を贈る方じゃないわ。とても優しくて、真面目で、誠実な方だもの」



 あの日だってそうだ。カミーユのことだけを考え、傍にいることを優先して、全てを後回しにして。シークレットルームに留まったまま、「後のことは気にしないでくれ」と優しい声音で言う彼に、カミーユはただ頷いていた。

 ただ護ってもらうだけの自分を情けなく思いながらも、無条件に護ってくれる彼の存在が、心の底から、嬉しかった。

 言えば、エレーヌは少しだけ変な顔をして、首を傾げる。「それは、お姉さまにだけだと思うけど」と、彼女は呟いた。



「少なくとも、私の見たアルベール様は、とっても、その……、厳しそうな方だわ。お姉さまと話している時以外は、あんまり笑ったりもしないし。……でも、お姉さまにとっては、頼りになる方なのでしょう? あの方を、思い出すくらいに」



 おそるおそるというように問われた言葉。カミーユは一度目を瞠った後、困ったように笑った。

 彼女に、あの日のことを話したのは自分だった。自分を護ってくれる、絶対の存在。そんな彼のことを、アルベールに重ねた。そのことを。



 エレーヌの言うとおりね。……あの時、私は確かに、アルベール様が傍にいてくれるならば大丈夫だと、そう思ったんだわ。あの方が私の傍にいてくれた時と、同じように。



 いつの間にか、すぐそこにいても怖いと思うことはなくなっていた。そこにいるのが、当たり前だと、そう思うようになっていた。それどころか。

 「そうね」と、カミーユは静かに微笑む。それは、疑いようのない感情。彼が男であるという事実以前に、アルベールという一人の人間に対する、信頼だった。



「アルベール様がいれば大丈夫だと、そう思えるの。とても素敵な方だと、そう思うわ。少し前の私からすれば、驚くべき変化ね」



 英雄閣下と呼ばれ、伯爵であり、次期公爵という立場にある、雲の上の人。夜会での挨拶くらいでしか言葉を交わしたこともなく、少し前までは、男性という、恐怖の対象の一人でしかなかったというのに。
 今では。

 「さあ、もうすぐお客様がおいでになる時間よ」とエレーヌの方を見遣りながら言って、カミーユは微笑みを浮かべる。

 口では当然だとでも言うように、エレーヌに説明したけれど。
 彼を表す色である、銀や藍の色に染まった衣装や装飾品が贈られなかったことを、ほんの少しだけ残念に思う自分がいることに、カミーユ自身、気付いていた。
< 58 / 153 >

この作品をシェア

pagetop