英雄閣下の素知らぬ溺愛
 つまり場を賑わせるだけ賑わせた挙句、放置して立ち去ったのである。謝罪すべきはどう考えても自分の方であったので、アルベールは静かに頭を下げた。「私の方こそ、すまなかった」と言いながら。



「私が帰った後、大変だっただろう。周りに気を配れれば良かったが、何分、舞い上がってしまって。迷惑をかけた」




 素直に謝罪するアルベールに、ジョエルが驚いたように目を見張る。ぶんぶんと、その首を横に振った。



「お気になさらないで大丈夫ですよ。それ以前に、あのようなことのあった後でしたから、あれこれ聞かれるだろうとは思っていましたから。……予想よりも遥かに色々聞かれる結果となりましたが」



 ジョエルはそう言って苦笑する。立て続けに起こったことを思えば、無理もない話だった。

 話している内に、エルヴィユ子爵家の侍女がアルベールの前のテーブルに紅茶を用意する。斜向かいの席にすでに置かれた紅茶はジョエルの物だろう。思いながら、アルベールは侍女に礼を言うと、紅茶のカップに口を付けた。



「人の結婚話など放っておいてくれれば良いのだがな。まあ、それも一つの社交だから仕方がないとも言うか。……何にせよ、顔を合わせることも多いだろう。気軽に接してくれ」



 公爵家の嫡男で、伯爵であり、極め付けは英雄閣下である。自分で言いながらかなり難しい話かもしれないとは思ったが、カミーユの家族であり、次期彼女の実家の家長となる彼に嫌厭されたくはなかった。彼女を構成する全てを大事にしたいと、そう思っていたから。

 ジョエルは不思議そうに何度か瞬きを繰り返した後、「努力してみます」と言って笑った。



「正直、閣下にはもっと嫌われていると思っていたので、そのように仰って頂けるとは思ってもいませんでした。顔も見たくないと言われるかと思っていましたので……」



「私が、卿を? なぜそのように思ったのか聞いても良いか?」



 笑みを浮かべながら言うジョエルに今度はアルベールの方が驚き、そう問いかける。ジョエルは一度こちらを見た後、もう一度笑った。「何せ、カミーユ嬢の元婚約者ですから」と言いながら。



「閣下はカミーユ嬢のことを以前から想っておられたと聞きました。私自身も、閣下を見ていてもしかしたらと思うこともありましたし。私と婚約していなければ、閣下がもっと早くカミーユ嬢に求婚していたかもしれない。そう思うと、気に喰わないと思われても仕方がないので」
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