ところで、政略結婚のお相手の釣書が、私のこと嫌いなはずの『元』護衛騎士としか思えないのですが?
「あれが噂の……」
「英雄の……」
どこか不穏な単語が飛び交っている気がする。
いったいどんな噂が王都で流れたのだろう。
情報は、いつも集めていたつもりなのに、やっぱり少し辺境伯領と王都は遠い。
その時、見知った姿かたちの騎士が、こちらに向かって駆けてきた。
時が止まる。
だって、あり得ない。
あんなふうに、私のほうにあの人が、駆け寄ってくるはずない。
「――――ミラベル!」
――――初めて名前を呼ばれた!
その衝撃は、頭を強く殴られたみたいだった。
それでも、周囲の視線が集中している今、辺境伯家としての風評を落とすわけにもいかない。
私は、優雅に英雄に向けて礼をする。
「っ、リヒター卿……。この度は」
「会いたかった」
「えっ?!」
「……相変わらず、美しいな。あなたは」
そのまま抱きしめられる。
あまりのことに、私の体は凍り付いたように動かなくなった。
――――あなた誰ですか?!
どう見ても、アルベール・リヒター本人の姿かたちをした麗しい騎士を前に、私はその言葉を辛うじて呑み込んだ。
斜め後ろに控えていたセイグルは、なぜか感慨深げに何度も頷いていた。
私からは、見えなかったのだけれど。