ところで、政略結婚のお相手の釣書が、私のこと嫌いなはずの『元』護衛騎士としか思えないのですが?
***
通された部屋には、誰もいない。
優雅に見えるであろう所作で、精いっぱい動揺を隠して紅茶を口にする。
だめだ、手が震えている。
「リヒター卿……」
「アルベールと」
「えっ……」
「もう、アルベールとは呼んでいただけないのですか?」
シュンッと、子犬が耳を垂れた幻覚が見えた。
かわい……。いやでも、本当にどなたです?
そこは、『は……?』あるいは、『は……』のどちらかの返答でしょう?
過酷すぎる戦場では、心を壊してしまう騎士が多いと聞く。
それとも、倒した時に北極星の魔女から呪いでも掛けられてしまったのだろうか。
「あ、アルベール……」
「は、はいっ」
でも、目の前のアルベールは、たしかにアルベールの姿かたちをしている。
魔力の質も、匂いも、確かにアルベールだ。
「そんなに、戦場は大変だったの?」
「え? ……そうですね。大変でしたが」
やっぱり! 可哀そうに、あんなに嫌いだった私を呼び寄せてしまうなんて、嫌いな人間に好意を寄せてしまう呪いに違いない!
「それよりも、俺は……」
「心配しないで! 私が絶対に治してあげるから!」
「――――え?」
「嫌いな女に婚約の申し込みをしてしまうなんて、魔女の呪いは、ひどすぎるわ!」
「は?」
アルベールの視線の温度が下がる。
そうこれ、アルベールの視線はこうでなくては。
「それで、呪いを解く方法に心当たりは?」
「…………は?」
「えっと、断られたら解けるとか?」
「は?」
返答が絶対零度の冷気を帯びている気がするけれど、慣れているので大丈夫。
それにしても、普通の返答に戻ったわ?
「呪い……じゃないの?」
「は…………」
この返答はイエスだ。
それにしても、人間というのは一文字でも、コミュニケーションが取れるのだなと、妙に納得する。
そして、こんな会話でもいいから、アルベールともう一度交わせることをこんなに待っていたことを、改めて認識する。