ボンドツリー
僕は彼女に嘘をついた。

確かにきれいな歌声だったけれどそれが理由で近づいたのではない。

まるでママの声にそっくりだったからだ。

もっと聞きたい、その声を。

心の底からそう思った。

だから彼女がその場を立ち去ろうとしたことには心底驚いた。

何とか止めなくては。

「良ければだけど、もっと歌を聞かせてほしいな」

気づくと僕はこう口走っていた。

当然彼女は驚いていた。

初対面の人にもっと歌ってほしいと言われたのだから。

でも彼女は一瞬きょとんとしてからクスクスと笑い始めた。

僕は困惑した。

え?笑う要素何もなかったと思うけど。

「うふふ、ごめん笑っちゃって。歌声ほめてくれたの、君で二人目だからうれしくなっちゃって」

そういうことか、僕は納得した。

変な人に絡んでしまったのかと思った。

少しだけ複雑な感情が僕にわいた。

「あなた、名前は?」

彼女が聞いてきた。

「オリヴァーだよ。君は?」

彼女は驚いていた。

雲が流れて太陽がまたあたりを明るくした。
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