春の花咲く月夜には
「あの、すみません」

「はい?」

「これを、『T's Rocket』のギターの方に渡しておいてもらいたいんですが・・・」

チケット代を入れた薄桃色の封筒を差し出すと、男性は考えるように首を傾げた。

「サクヤですよね?直接じゃなくていいんすか。出待ちしてれば会って渡せると思うけど」

「・・・はい。・・・、あまり、時間がないので・・・」

「そうなんすか。んー・・・、わかりました。じゃ、お預かりしまーす」

そう言って封筒を受け取ると、男性はすぐにどこかにいなくなる。

スタッフとはいえ、人づてで渡すことに少し不安はあるけれど、出待ちをするということも、ちょっと不安だったから。


(熱烈なファンの子たちも、結構多そうだったしね・・・)


あまり深く考えず、チケット代は、家にあった薄桃色の封筒に入れてきた。

中には、お金と、お礼を書いた小さなメッセージカードしか入っていないけど、ファンレターだと思われてもおかしくはない。

新参者が出待ちして、ファンレター(じゃないけれど)を渡す行為に不安があるし、渡せるかどうかもわからない。


(ファン暗黙のルールとかあるかもしれないし・・・)


過去を含め、出待ちしたことなんて一度もなかった。

待つ場所や時間など、勝手がわからないだけに、色々と不安だったから。


(・・・まあ、とりあえずチケット代は渡したし・・・、そろそろドリンクもらいに行こうかな)


と、ドリンクバーを見てみると、さっきより列が長くなっている。

ドリンクスタッフは、常連のお客さんと話しながら接客をしているようなので、予想より進みが遅そうだった。


(・・・うーん・・・、もういいかっ。途中の自販機でなにか買って飲もう)


ドリンクチケットは無駄になってしまうけど、この調子だといつ順番が回ってくるかわからない。

それに、グループで来ている若いお客さんたちが多い中、慣れない場所でずっとひとりでいることも、居心地悪くなっていた。
< 28 / 227 >

この作品をシェア

pagetop