きみと3秒見つめ合えたなら
 県大会にはマイクロバスを貸し切って行く。運命よくなのか、悪くなのか、私と桐谷くんは通路を挟んで、更に1人挟んだ同じ列の席になった。


「絢音先輩の隣ゲットー。」1年生の春菜ちゃんが嬉しそうにはしゃぐ。
春菜ちゃんは入部当初から、私を慕ってくれている、小柄で元気な子。

「桐谷先輩、こっち座ってー」と、桐谷くんにも声を掛けていた。

 春菜ちゃんが桐谷くんを気に入っているのは見ていてよくわかる。
 やり取りはまるで、仲のいいお兄ちゃんと妹みたいだ。

 桐谷くんもかわいい妹の春菜ちゃんに促されるまま、「仕方ないなぁ」と言って、そこに座ってしまった。

「絢音先輩、みてみてー。桐谷先輩の手、めっちゃ、大きいんですよ~。」
 
 二人は手のひらを合わせている。

 春菜ちゃん、私に絡まないで、と思うのと、手のひらを合わせていることに若干の嫉妬を覚えつつも、無視するわけにはいかず、春菜ちゃんの方を見た。

 自分でもびくっとしたのがわかった。何ヶ月ぶりかに桐谷くんと目があった。

「は、春菜ちゃんが、小さいのよ。」しどろもどろになってしまった。

「えー。そうですか?絢音先輩も桐谷先輩と合わせてみてくださいよー。」
 
 楽しくなった春菜ちゃんの声がバスの中に響く。 

 バスの中が一瞬静まる。


 実は後で知ったのだが、部内で、私たちの噂を誰も言わなかったのは、冗談でも一切、私と桐谷くんの噂話はしないように...とゴンちゃんからお達しがあったから。
 そのおかげで、春菜ちゃんたち1年生は、私と桐谷くんの噂話は全く知らない。


「おーい、春菜。テンション高いぞー。遠足じゃないんだから、もうちょい静かにしようぜー。」
山崎くんが後ろから叫ぶ。彼なりに気を遣ってくれたのだろうか。バスの中に笑いが起こる。

「ほら、春菜ちゃん、山崎くんに怒られたじゃない。」私は春菜ちゃんに笑いかけながら言った。
「はーい。でも絢音先輩にも比べてほしかったなぁ。」春菜ちゃんが小声で呟く。

 桐谷くんの手のひら。
 どんな手のひらなの?

 私の頭をポンポンとした手のひら。
 抱きしめられたとき、目の前に現れた手のひら。 

 確かに、大きかった、かも。と心の中で思い浮かべた。 
 そして、まだその手に触れたことがなかったことに気がついた。 
< 109 / 129 >

この作品をシェア

pagetop