きみと3秒見つめ合えたなら
 そして体育祭がやって来た。

 澄み渡る青空。まさに体育祭日和。

 陸上部の私は、種目を掛け持ちして、結構忙しい。

 東高の体育祭では、1年A組、2年A組、3年A組と同じ組同士がチームとなり、順位を競う。
 学年を超えての戦いは結構、盛り上がり、学校に一体感が生まれる。

 A組のテントの後を美帆と通っていたとき、「絢音先輩がんばって〜。」と、
後輩の茉莉ちゃんが声をかけてくれた。

「あ、茉莉ちゃん、ありがとう。」
と、その時、茉莉ちゃんの斜め後方にいた桐谷くんと目があった。

「相川せんぱ〜い、オレも応援してますからねー。
 先輩に届くように声、張るんで、ちゃんと聞いててくださいよー。」
と、体育祭のお祭り気分に乗じてか、また調子いいことを言い出した。

 夏休みの一件以来、桐谷くんを意識したせいか、彼の言動は気になってしまう。

「あ、ありがとね。」
しろどもどろになりながら、答える私。

 桐谷くんの周りが一斉にこっちを見た。

 気の利いた事は言えず、一瞬、その場が静まり返った気がしたが、すぐに元に戻った。

 調子のいいことを言った桐谷くんはクラスメイトに「俺らの応援はA組だろ」と突っ込まれ、もみくちゃにされはじめた。

 何となく、立ち尽くしてしまったが、我に返り、歩き出す。

 彼はどうもクラスでも人気者なようだ。

「陸上部の後輩なんだ。調子いいよね、全く。」美帆に早口で説明する。

「知ってる。桐谷恭介でしょ?小中一緒だったから。」
そっか、美帆も南中だった。

「昔からいつも、あんな調子なの?」

「珍しい、絢音が自分から男子のこと、聞いてくるなんてー。」
さすが恋愛探偵、鋭すぎる。

「あ、あの、時々ね、あんな風に調子いいこと言ってくるから、ちょっと、うん、えっと...」
「嬉しい?」
「いやいや、こ、困ってる。」

 うそ、本当は、応援するって言われて嬉しかった。ノリで言ったとしても。

「まあ、昔からお調子者なところ、あったかな。」美帆が答えた。

「そ、そうなんだ...」
だよね、誰にも言ってるはず。

 もし、景子が通ったら、景子にも
「応援します!」って言うんだ。きっと。 

「プログラム5番。次は2年生の女子リレーです。各クラス5名の代表が走ります。みなさん応援よろしくお願いします。」

 アナウンスが流れて、駆け足で入場する。私はD組、黄色いはちまきをキュッと結んだ。

「位置について、ヨーイ」
スタートすると、応援にも熱が入ってくる。

 私はアンカー。4走は美帆。

 ミホは2位でバトンを受け取る。1位との差が若干開いてきた。

「ミホー、がんばって〜」
「絢音、お願い。」

 私はバトンを受け取ると、A組を追いかける。

「相川せんぱーい、ファイトー。」
A組テント前を駆け抜ける、その時、桐谷くんは本当に私に声援を送っていた。

 1周150m、あと少しで私は前を走る赤いハチマキを捉える。あと少し。

 最後は追いつき、そして振り切り、私はD組に勝利をもたらした。

「キャ〜絢音、やったー。ありがとう!」
美帆が飛びついてくる。
私たちは両手を取り合って喜ぶ。

 喜びもつかの間。退場を促すアナウンスが流れる。

 チラリとA組のテントを見ると、桐谷くんはD組の私なんかの応援をしたせいか、男子たちに小突かれて、楽しそうにしていた。

自分たちのテントに戻っている時、
「恭ちゃん、ほんとに絢音のこと、応援してたじゃん。」と美帆が言う。

え?恭ちゃん、なんて呼ぶ仲なんだ、と、ちょっとびっくりした。

「本当に調子いいよね。」
私は桐谷くんのこと、意識しているのに、意識していないかの様に答える。

 それからも、桐谷くんは私が競技にでると、私に声援を送った。その度にみんなから突っ込まれている。

「今日は、とことん私をからかう日なのね...クラスでウケてるもんね。」
と心の中でつぶやいた。

 そして体育祭のフィナーレ「部活対抗リレー」がもうすぐ始まる。

「千花せんぱーい、ともちゃんせんぱーい、お久しぶりです!がんばりましょうね。」
久しぶりの先輩たちに私はテンションが上がる。

「絢音、私もう、走れないわー。
引退して体力落ちたわね、やっぱり。絢音にかかってるからね。1位で来てよー。」と大好きな千花先輩が言う。
「頑張りましょう、先輩!」

「ところで絢音、アレ、なによー?」
「アレってなんですか?」

「桐谷恭介よ。めっちゃ、あんたの応援してんじゃん。私もA組なんだけど〜。絢音はD組でしょ?」

ともちゃん先輩が私のハチマキを直しながら聞いてきた。

「私の事、からかってるんですよ。ひどくないですか?」

 私がうまく切り替えせないのを知って、こんな風にからかうなんて...と思うのと同時に、そんな桐谷くんの事をちょっと意識してしまっていた自分にも腹が立ってきて、語気が強くなってしまった。

「そうなの?からかってるの?結構、マジな感じしてたから、絢音と付き合ってんのかと思った。」 

「せ、先輩、何言ってんですか?私、男子が苦手って知ってますよね?」
あまりにもあり得ない事をともちゃん先輩が言うので、焦ってしまった。

「付き合ってるってのは冗談よ。
 でもさ、キャプテンになったからには、男子とも喋ることがあるだろうから、苦手意識も克服したかと思ったよー。
 そろそろ男子への苦手意識がなくなったらいいなーって思って、うちら絢音をキャプテンに推薦したんだよ。
 ま、人望もあるってのが一番の理由だけど。」

 先輩たちがそんなことまで考えててくれていたとは思わなかった。

「え、そうだったんですか?ご期待には添えてないです...」ちょっと申し訳ないな、と思っていると、

「でも、壁を破ってくれそうな後輩がいてよかったわー。」と千花先輩。

「いえいえ、アレは桐谷くんが私をからかってるだけなんです。私がうまく返せないから...」と、男子陸上部の方を見た。

 あれ?そこも知り合い?
 早瀬くんと桐谷くんが話をしていた。
 早瀬くんが桐谷くんの髪をクシャクシャしたりしていて。

 仲がいいんだ。知らなかった...

 そっか、早瀬くんも美帆と小中一緒だったっけ。

 なんか、2人とも背が高いからか、絵になる...なんて思わず見入ってしまった。

 部活対抗リレーは男女ともに陸上部が優勝し、体育祭は幕を閉じた。

 そこでも桐谷くんのブレない私への応援は聞こえた。

 サッカー部の早瀬くんがすごく速くて、一瞬、陸上部が抜かされそうになった。

 その時は、打倒陸上部と、学校全体が早瀬くんを応援していた。
 
 実際、私も早瀬くんを密かに応援してしまっていた。
 
 カッコよかったな、早瀬くん。
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