きみと3秒見つめ合えたなら

惹かれていく

 盛り上がった体育祭は終わり、若干の寂しさが学校全体に広がる。

「早瀬くん、速かったよねー。カッコよかったわー。」
部活前の更衣室で景子が言う。

 ドキっとして
「そうだね。」としか言えなかった。

「それから、桐谷の絢音推し、おもしろかったんだけど、ハハハ。」
「もう、からかわないでよねー。」
あの日の桐谷くんは悪ノリしすぎ。絶対、恋愛未経験の私を小馬鹿にしてるのよ。

 その日のミーティングにて。

「みんな、昨日はよく頑張った。男子の対抗リレーはちょっとヤバかったなぁ。
あの、サッカー部の2年、なんて言うんだ?」
ゴンちゃんが聞いてくる。

「早瀬聖斗です。」山崎くんが答える。

「早瀬っていうのか。なるほど。」
と、言うとゴンちゃんはサッカー部を見ていた。

 私もサッカー部に目をやると、久々に早瀬くんと目が合って、なんかちょっと嬉しくなる。

「おい、2年男子、ちょっと集合。」
ゴンちゃんが男子を集めていた。

 桐谷くんは昨日の事などなかったかのように普通で、少し拍子抜けした。
 やっぱり、お祭り気分で、私をからかったんだ。何も言い返せないって知ってて。


 その日の部活帰りに、いつもの様に景子と帰っていると、私は後輩の茉莉ちゃんに呼び止められた。

 そういえば、茉莉ちゃん、今日、ちょっと元気なかったかも。

「絢音先輩、ちょっといいですか?」

「どうしたの?」と聞くと、茉莉ちゃんはチラッと景子を見た。

「あ、私、先、帰るね。」と、景子は気を利かせて帰った。

「あの...」
「ん?どうしたの?部活で嫌なことあった?」
 私たちはそばの階段に腰掛けた。

 茉莉ちゃんがとても言いにくそうに私を見ていたが、意を決したのか、一呼吸して口を開いた。

「絢音先輩って桐谷のこと、どう思ってるんですか?」
急な質問で、ドキっとした。

「どうって、な、何も。」

 困惑していると、茉莉ちゃんは一気に話し始めた。

「私、恭介と幼馴染なんです。今まで、恭介って、何人も彼女がいたんですけど、全部、女子の方から告白されて付き合ってるんです。
 恭介から好きになった彼女はいないんです。
 彼女ができるたびに、あのコは見た目がかわいいから、恭介はOKしただけ、って自分に言い聞かせてきました。
 実際、すぐ別れることも多かったし。
 だけど、もしかして...」

茉莉ちゃんが一瞬、言葉に詰まる。

「もしかしたら、桐谷、絢音先輩推しって...初めて自分から好きになってるんじゃないかって。」

 ポロっと涙が茉莉ちゃんの頬を伝う。

「あ、あれは、なんていうか、私をからかってる...ネタみたいなもの...何じゃないかな?」
 
 私は自分に言い聞かせる様に、茉莉ちゃんに言った。

「先輩は、恭介のこと、好きじゃないんですよね?」

 茉莉ちゃんが私をじっと見つめる。
 恋する女子の本気の瞳を見た...気がした。

「...」
 そんな茉莉ちゃんに、圧倒されて即答できずにいると、

「私、絢音先輩のことも大好きなんです。だから、恭介のことでは先輩とライバルにはなりたくないんです。」
 と、茉莉ちゃんが真剣な眼差しで言った。

「うん、ありがとうね。大丈夫だよ。」
 私も茉莉ちゃんをしっかり見て言った。

「本当ですか?絢音先輩もかわいくて、優しいから、恭介は先輩のこと...」

茉莉ちゃんが、言いかけて、聞いてはいけない気がして、私は遮るように言った。

「わ、私、他に好きな人いるし。」
茉莉ちゃんを安心させるためか、思わず言ってしまった。

 好きな人?誰?早瀬くん...?
 自問自答する。

 数秒の沈黙...

「わかりました。絢音先輩、ごめんなさい。変なこと言って。私、先輩も桐谷のこと好きだったらどうしよう、と思ったら、寝られなくて...今日、寝不足なんです。」と、茉莉ちゃんは笑った。

「うん。大丈夫。
じゃ、茉莉ちゃん、一緒に帰る?」

「ハイ!帰りましょう。先輩。わたし、自転車取ってきますね!」

 私が桐谷くんのことを好きではないと知ってか、茉莉ちゃんは楽しそうに桐谷くんの話をし始めた。

 2人は両親が友達らしく、家も近いので、生まれた時から、一緒だった、と。

 幼稚園のころ、小学校のころ、中学校のころ...ずっとずっと一途に好きだった、楽しかった思い出を教えてくれた。

 彼女ができても、時々は幼かった時の様にうちに来て、ご飯食べたり、一緒にゲームをしたりするらしい。
 
 そんな仲だったとは知らなかった。

 でも私には関係のないこと。
...そう自分に言い聞かせていた。
 
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