きみと3秒見つめ合えたなら
「え?なんで?なんで、早瀬くん?」
私は思いがけない状況を飲み込めないでいた。

『ドアが閉まります。』
プシューと音を立ててドアが閉まる。

「オレ、今日から、御山サッカー場で県代表合宿なんだ。」

「県代表に選ばれてるの?スゴいね、早瀬くん。」
私は自分のことのように嬉しかった。

「それより、大丈夫か?その...」
早瀬くんが言いづらそうにしている。

「触られてただろ、痴漢?」

あ、早瀬くん、気づいていたの?

「...うん。」
「我慢してただろ?見てられなくて、相川の手、引いて...降りてしまった。撃退する方法とかもわかんなくって、ごめん。」

「ありがとう。助かりました。」

 本当は、ホッとして泣きそうだった。
怖かった。
だけど、ここで泣いたら、早瀬くんに迷惑をかけると思って、ぐっとこらえた。

「いや。本当に見てられなくて。
でも、ヤバい。この駅って1時間に1本しか止まらないんじゃなかったっけ?」

「え!そうなの?早瀬くん、合宿の時間大丈夫なの?」
大事な県代表の合宿に1日目から遅刻なんてなったら、どうしようと、私は青くなった。

「一応、14時集合だから何とか。合宿参加するやつと昼ごはん食べる約束してたから、ちょっと早めに行ってたんだ。」
よかった。間に合うのなら。私はホッとした。

「お昼、食べれる?」
「何とかする。相川は?時間。」
 私なんかより、早瀬くんの方が重要な合宿なのに、心配してくれる。
 やっぱり早瀬くんは優しい。

「私は完全、無理かな。御山公園ついたら、私、行方不明になってる、きっと。恥ずかしいなぁ、引率が降りる駅を間違う...って。」

 どうしよう、なんて言い訳しようか...と私は考えていた。

「なんか理由、考えよっか。その..
痴漢は言いたくないだろ?座ろっか、そこ。」
 
 あ、今、私と早瀬くん、一緒のこと、考えてた...なんて思うと、痴漢のことはさておき、ちょっと嬉しかった。

 そして、私達は誰もいないホームのベンチに腰掛けた。

「ところで、
早瀬くん、いつからあの電車にいたの?」
全然、気づかなかったので、尋ねてみる。

「オレ?相川たちより1個前。家の近くから乗ったから。相川が乗って来たとき、声、掛けたかったんだけど、ちょっと遠かったからできなくて。
 そしたらさ、相川『若宮』あたりで、キョロキョロして、顔色悪そうだったから、体調悪いのかなって。山崎、気づかなそうだったし。
 で、ちょっと近づいたんだ、相川に。
そしたら、触られてるの、見ちゃって。」
 早瀬くんは、私の顔を見ながら言う。
ちょっと近くてドキドキする。

「そうなんだ。本当にありがとう。あと1駅我慢しようと思ったんだけど、ちょっとキツかった。」

「でも、ごめんな、こんな駅に降ろしちゃって。」

 だけど、早瀬くんと2人なのは嬉しい。

 2人きりの時間を大切にしたいとは思っているのだけど、私は途中下車の理由を考えていた。

「体調悪くなって、途中下車しちゃったって、山崎くんに連絡しよう。変じゃないよね?うん、そうしよう。」
思いついて、山崎くんにメッセージを送ろうとする私を早瀬くんがじっと見る。

「山崎とはメッセージやり取りするんだ。」

「うん?」

「山崎とはよく連絡取るの?」
「部活の連絡事項とか。」私はメッセージを打ちながら答えた。

「ま、オレも陸上部のことは山崎にしてたけど。」
「だよね。キャプテン、頼りになるもんね。あ、あの時、陸上部のグループに招待したら良かったね。」

 私は山崎くんにメッセージを送ることに必死で。早瀬くんの言った事を理解していなくて。

「いや、そうじゃなくて。」
「じゃなくて?」

 早瀬くんは少し黙って
「相川のアドレス、教えてよ。」

 え?

 早瀬くんを見る。

 ピロリン...
山崎くんからの返信が来た。

「相川、オレにはアドレス、教えられない?」

いつも優しい早瀬くんが...
押しが強くて...

「わ、私のアドレスなんて知っても...」
ドキドキしてまた、訳のわからないことを言おうとしている。

「相川のアドレスが知りたい。
そしたら相川に話したいとき、いつでも話せるじゃん。」

 私は顔が真っ赤になってる。
まっすぐ私に向かってくる早瀬くんにかなりドキドキしている。
「私のアドレスで良ければ...」
そうして私と早瀬くんはアドレスを交換した。

 こんな風にアドレス交換した男子は早瀬くんだけだ。


「ありがとう、相川。」
早瀬くんの笑顔が眩しい。
ヤバい、ドキドキが止まらなくて、苦しい。

『まもなく1番ホームに電車が参ります。』

 2人きりだったホームには数名の人が増えていた。
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