きみと3秒見つめ合えたなら

〜恭介side〜正直に

 春合宿が楽しみだった。
 普段より長く、相川先輩といることができる。

 本当は先輩と同じ車両に乗りたかったが、同級生と絡んでいるうちに、不覚にもそのチャンスを逃してしまった。

『ドアが閉まります。次は湊ー』
あ、次の駅...とぼんやりホームを見ていたとき、相川先輩が見えた。

 なんで?と思い、見ていると、隣に誰かがいた。

 山崎くん?...違う。

 え?なんで聖斗くん?

 オレは気になって仕方がなかった。

 湊で乗り換えるとき、相川先輩を探したがやっぱりいない。あれはやっぱり相川先輩と聖斗くんだ。

 そして、降りてすぐ向かいの電車に乗るため、誰も相川先輩がいないことに気づいていない。

「どうした?恭介」
同級生の小田が声をかけてきた。

「相川先輩、いなくない?」

「な、わけないじゃん。1個前に山崎くんと乗ってたよ。」
適当なことを...と思ったが、オレも確信が持てず
「そっか。」と返事をした。

 御山公園で電車を降りた。
 やっぱり相川先輩はいなかった。

「マジで!気づかなかったなぁ...」
山崎くんがスマホを見てびっくりしていた。
「山崎くん、どうしたの?」

「相川さ、体調悪くなって、東湊なんかで降りたみたいでさ。もう1駅我慢できなかったかなぁ。...後から来るって。」

「そうなんだ。」
でも、なんで聖斗くんと一緒だった?

 オレはモヤモヤしたまま民宿へ向かった。

 それから、相川先輩は、ゴンちゃんの車に乗ってやって来た。

「大丈夫ですか?体調」
オレは相川先輩に聞いてみた。

「うん。休んで良くなったから大丈夫。」
今の先輩は、確かに元気そうに見える。
体調が悪かったのって本当なのか?

 部内で疑っているのは多分、オレだけで、みんな相川先輩を心配していた。

 先輩は次の日からしっかり練習に参加していた。


 4日目、明日で春合宿も終わる。
格別に相川先輩と親しくなることもできてない。

 ただ、とにかく合宿中の相川先輩はキラキラしていた。
 いつも以上に。
 なんか幸せオーラが感じられて、ちょっと遠い存在にも見えた。

 昼練習が終わって、民宿に戻っているとき、相川先輩は忘れ物をした、と競技場に戻った。

 オレは、これはチャンス!と、みんなに怪しまれないように、少し経ってから、忘れ物に気づいたと言って、競技場に戻った。

 オレが競技場で探すのは忘れ物ではなく、相川先輩だった。

 見つけた!

 長須高の先輩と話をしているようにみえた。遠くから見ていたが、先輩はちょっとずつ後ずさりしていた。

 オレは、気づかれないように近づいた。
「デート」とか「番号」とかが断片的に聞こえた。
先輩はずっと首を横に振っている。

 これって...

そしてオレは、
「先輩!先生が探してましたよー。
行きましょう。」
と、相川先輩を引っ張った。

「ちょっと、相川さん、話終わってないけど!」
 長須高の先輩が叫ぶと同時に、オレは相川先輩の手首をひいたまま、走り出した。
本当は手を繋いで走りたかったが、もし、拒否されたら...と思うと、そこまでの勇気がなかった。


「先輩、走って。」


 150mくらい走ったところで、相川先輩はオレに聞いた。
「ゴンちゃん、どこで呼んでるの?
民宿?」

 オレは真面目な先輩がおかしくて笑い出してしまった。
「ハハハハ。先輩、ゴンちゃん、呼んでないから。」
「え?」

 相川先輩はまだ状況を読めていないようだった。

「ちょっと待って。桐谷くんは400m専門だから、苦しくなさそうだけど。私、桐谷くんに引っ張られて、こんなに走ったら、息キレちゃって...ハハハハ」
先輩も笑い出した。

「速かったでしょ?先輩?」
「うん。」

「ずっと一緒に走っていたいな。」
と呟いてみたが、聞こえていなかった。
「え?今なんて言ったの?」

「楽しかったでしょ?今。」
ちょっと大きな声で、全然違うことを言った。

「うん。でも、何で、ゴンちゃん呼んでるなんて嘘ついたの?」

 あの状況の先輩を助けたって、まだ気づいてないのか?

「え?先輩、もしかして気づいてないんですか?」
「何が?」
 先輩は天然だったのか。
 もしかして、オレの散々たる今までのアプローチも、本当に「ネタ」だと思っているんじゃないか?

「オレ、先輩を助けるためにウソついたんですけど。」
「私を助けるために?」

「実はオレ、先輩と帰りたくて、オレも忘れ物したフリして競技場戻ったわけ。
そしたら、先輩、長須高の人に絡まれてたから。助けなきゃって。
だけど、あの人怖そうで...ハハハハ」
必死なオレがおかしくて、オレはまたは笑い出した。

「結構、大胆に先輩のこと、引っ張っちゃって、止まったらヤバいと思ったら、こんなに走ってた。めっちゃ楽しかったっす。」
正直に伝えた。

「ありがとうね。困ってた、私、あの時。誰か助けてって思ったら、桐谷くんが来てくれた。
 ふふ...さっきまで必死だったけど、なんか楽しかった。」
 相川先輩が笑ってくれている。
 オレはそれだけで嬉しかった。

「本当にありがとう。帰ろうか。」
オレたちは以前の学校の帰り道の様に、特に話もせず、民宿に向かって歩いていた。

「先輩、前よりオレに気を許してるでしょ?」
 なんとなく、隣から感じられる気配にそう感じた。

「オレ、ずっと先輩推しですからね。」

「うん。ありがとね。」
多分、相川先輩は、まだ、オレの本気の気持ちに気づいていない。

 民宿に戻ると、茉莉が玄関でオレ達を待っていた。

「恭介、いついなくなったの?今日、私と買い出しでしょ? なんで絢音先輩と一緒なのよ?」
茉莉、怒ってるな。

「競技場に忘れ物して、戻ったら、一緒になっただけだよ。方向一緒なんだから、仕方ないだろ?」
 せっかく相川先輩と楽しい時間を過ごしたのに、なんだか水をさされた気分だ。

「忘れ物?本当ですか?先輩。」
「私、タオル、忘れたの。ごめんね、茉莉ちゃん。誤解させちゃう様なことして。」

「本当だったらいいんです。2人だけいないから、ちょっと怪しんじゃいました、私。」

 なんだよ、勘違いってと、若干茉莉にムカついていたが、相川先輩が
「いってらっしゃーい、買い出し。」
と、明るく送り出したので、しぶしぶオレは茉莉と買い出しに行った。

「恭介って消灯時間に寝てる?」
茉莉が聞いてきた。

「10時なんかに寝れるわけないよなー。」

「ねぇ、今日1時頃、玄関ベンチに来てよ。」
「1時は流石に寝てるけど。」
「お願い。1時ね。」

 なんとなく察しがつく。
 だけど、オレは茉莉のこと、一度も恋愛対象としてみたことがない。
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