きみと3秒見つめ合えたなら
 次の日、私は噂の真相を知ることとなる。

 昼休みにトイレに行った時、ちょうど個室から出ようとした時だった。

「ねえ、聞いた?相川さんの話。」
突然自分の名前が出てきて、個室から出られなくなった。2人の女子が話を続ける。

「聞いたー。びっくりした。相川さんって、男子と話してるところって見たことなかったから。結構、大胆だよね?」

...どういうこと?
大胆って、私、何かした?

「そうそう。男子には興味ありません、みたいな顔して。」

「だからよー。駅で抱き合ってたって。やばくない?」

「え?私、駅でキスしてたって聞いたけど?」

「えー!部活の後輩でしょ?積極的ー!」

「ね、どの子か知ってる?結構、カッコイイらしいよ。見に行かない?」

 女子たちがいなくなっても、私は個室から出ることができなかった。

 あの時の甘い記憶が蘇る。
 桐谷くんの囁く声が忘れられない。

 誰か見ていたんだ。
しかも噂は尾ヒレがついて、大きくなっていた。
どうしよう...

 事実であることも、ある。 
 だけど、
 みんなが噂しているのとは、違う。

 誤解...なんて、誰か信じてくれるだろうか? 

 そして、このままでは、桐谷くんに私の想いを伝えるのも難しい。

 ただの噂の部分も事実と誤認されるかもしれない。

 もどかしい気持ちがつづく。


 私は誰もいないことを確認して、個室から出た。
 廊下を歩くと、誰かに噂されているようで、怖かった。


 その日、私は怖くて部活に行けなかった。桐谷くんを見ることができない。こんな噂の中、どんな顔をして会えばいいのか。

 そんなことを考えると、もう、ずっと部活には行けないんじゃないか、とすら思えてきた。


 その夜、桐谷くんからメッセージが来た。
 彼から個人的にメッセージが来るのは初めてだったのでびっくりした。メッセージを開くのに躊躇したが、桐谷くんの今の気持ちが知りたくて、開く。

『先輩、大丈夫?
ごめん。オレのせいで。
でも絶対、先輩のことは守るから。
部活、来て。こんな噂のために最後の大会、諦めないで。』

 桐谷くんのメッセージに心の奥が熱くなる。
 
 なんて返せばいい?
 私はどうしたらいいの?

 頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしようもない感情と混ざり合って、整理がつかず、桐谷くんからのメッセージを眺めていると、もう1通メッセージが届く。

『オレと先輩の間には何もないって。
オレもそう言えば、噂だってすぐに収まるよ。先輩には迷惑かけないように、先輩とは話さないようにするから。
大丈夫、噂なんてすぐ消えるから。
先輩はいつもどおりにしていて。』

 まだ答えを出さない私に桐谷くんは急かしたりすることなく、私を守ろうとしてくれている。

 つき合ってる...と桐谷くんが言ってしまうことだって可能だ。
 だけど、私の気持ちを聞かないまま、そんなことを言うこともしない。

 半年前は、私にかまわないで...なんて思っていたのに。
 桐谷くんの優しさに、彼の私にむかうまっすぐな気持ちに、心をゆだねたくなる。


 そして、私と桐谷くんの間に、何もない...なんてことにしたくない自分がいた。

 私は桐谷くんに恋をしている。

 それは、今は伝えられない想い。

『部活には行くようにするね。』
桐谷くんを心配させないように、これだけは伝えた。
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