聖なる夜に新しい恋を

緘黙の鎧


◇◇◇

(まだ慣れないなあ、これ)


 ボブ丈の髪に、ゆるふわパーマ。金曜に別れてから、アプリで美容院を予約して週末にバッサリと切ったそれは、もう火曜だというのにまだ首元がスースーして落ち着かない。
 髪だけではない。限定コスメやジュエリー、ヘアケア商品も購入し、無理にでも気分を上げる。

 ──それに、名刺入れも新調した。恋人と別れた位でへこたれていては駄目だと、自身を鼓舞して。

 社内では、かわいいだ何だと評判だが、その裏で若手中心に別れた話が既に知られていて、慰めの言葉もたくさんもらった。社内恋愛は狭い世界の交流なのだから当然だが、こうも知れ渡ると嫌になる。



 ビルを抜ける冷たい風に、ぶるりと体を震わせて首をすくめる。昼間でも日の当たらないビル街は、冬の晴れ間でも暖かさとは程遠い。


「帰ったら発注ロットの確認と、稟議書の準備しないと」


 プライベートブランド、通称PB。メーカーが発売するNBと対を成す、メーカー名を伏せた小売店の商品。この春から私もPB営業に抜擢され、地場ドラッグストア『ソテツドラッグ』がメイン担当だ。
 来夏のPB化粧水の試作配合で詰まっていたが、今日の商談で先方からゴーサインが出たのだ。そうときたら、やることは山積みだ。


(これでひと安心、だけど……)

「今日も残業確定、かあ」


 営業になってからというもの、残業はがっつり増えた。もちろん残業代はありがたいが、もう少しペースダウンして仕事をしたいとも思う今日この頃。



 地下鉄の駅に着くと、ブブッとポケットでスマホが鳴いた。……見なくてもわかる、どうせあの男から、だ。

 あの日──雨の金曜に一応の連絡を入れてから、ちょくちょくメッセージが飛んでくるようになった。うちの会社と取引がある手前、下手なことは出来ないので、仕方無しに数回に一度は無難な返信がをしておく。


(……なにこれ)


 画面には『とうちゃーく!』と話す猫のスタンプ。届くのは大抵、元気?だの、おはよう!だの、挨拶的なメッセージばかりだったので、ちょっと予想外だ。


(押し間違い、かな?まあいいや。それより早く帰って残務処理しなきゃなあ)


 既読を付けてしまったが、無視を決め込み、スマホをポケットに戻した。ピッと電子改札を抜けて、地下鉄へ乗り込み会社への帰路を急いだ。

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