聖なる夜に新しい恋を

決別


◇◇◇

『えー、本年もお疲れ様でした。第三四半期までの暫定の営業利益は……』


 金曜日。お偉いさんのお話が、スピーカーを通して聞こえてくる。今日は営業本部内の納会だ。今年ももうこんな時期かと実感するイベントでもある。

 仕事納めまであと数日あるが、年末挨拶だの忘年会だので営業マンは散り散りになってしまう。それならこんな話など要らないではと思うが、年老いたら話して若者に働いた証を残しておきたくなるのか、毎年無理にでも納会をやるのだ。


(この後、お歳暮配らないと……面倒くさ)


 お菓子やコーヒー、ビールまで。若手に任された無駄な任務。人の好みごとにお歳暮を配るのは面倒以外の何物でもない。だが、こういう場面で社内営業をやっておかないと、いざという時に誰も助けてくれない人間関係になってしまう。

 マスクの下であくびを噛み殺しながら、大きな会議室の一角で時が過ぎるのを待った。お経のようなお話なんて、右から左へ抜けていった。





 途中、舟を漕ぎながら睡魔と戦っていた時、ふいにスマホが震えた。短い知らせは、社用スマホのメッセージ通知だ。


(和くん?何で……)


 画面には『納会のあと空いてる?電話出来そう?』と並んでいた。おそらく、大阪の支店でもリモートで本社と繋いで、長々とした話を聞かされているのだろう。
 机の下でスマホを開き、こっそりと返信する。


[電話できると思うけど、何かあった?>

<ちょっと紗礼と話したいことがあって]

[今メッセージで送ってよ。暇だし>

<文面で残す内容じゃないから電話で頼む]


 社内のやり取りは、全て情シスが確認出来るらしい。そこへ知られたくない話となると、やはりプライベート絡みの話題なのだろう。──嫌な予感がした。


[じゃあ後でそっちからかけて>


 手短に返信すると、了解を意味するいいねが付いた。

 和くんとの過去の関係は、自分の中では整理が出来た。だが、まだ思い出とするには生々しすぎる記憶の数々が蘇ってくる。心はいまだ数年分の傷跡が残ったままだ。


(先週和くんから振ったくせに電話なんて、本当意味わかんない)


 彼に呆れながら、スマホをポケットにしまった。ゆったりと流れるお偉いさんの声を子守唄に、また舟を漕ぎ夢の中へと意識が飛んでいった。





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