聖なる夜に新しい恋を

最後の晩餐




「このテーブルじゃあギリギリだったかあ。まあいいや、それじゃ、乾杯」

「乾杯」


 カチン、と静かな部屋に器たちの逢瀬がこだまする。狭いローテーブルの上ににチキンとサラダ、そしてそれぞれの飲み物が所狭しと並び、ふたりの晩餐が始まった。





 連れて来られた先は、築浅マンションの低層階。下が単身用で、上はファミリー向けらしい。1Kだが15畳はあろうかという広々とした間取りだ。物が少なくこざっぱりとしたシンプルなインテリアだが、部屋の一角に洗濯済みと思しき衣類が山積みになっていたり、ミネラルウォーターのダンボールが通路にあったりと、独身男性の生活感のある部屋だった。
 自身の狭い部屋を考えると、羨ましい限り。失礼を承知で、思い切って聞いてみる。


「こんな話したくないかもだけど……ここの路線でこれだけ広いと、その……結構大変じゃない?」

「まあね。でも俺、紗礼さんみたいにスーツとか高い洋服じゃなくて良いから、多少は楽かな……ごめん、これでも良い?」


 ガチャガチャと食器を引っ張り出しながら返答する彼。出てきたグラスは、ガラスの丸グラスとマグカップで、何ともちぐはぐなそのペアに小さく吹き出してしまった。


「っは、三田くん、それ」

「ごめんごめん。この部屋人あげないから、あんまこういうの気にしてなくって。人と会う時は外で飲み食いするから、家ではお酒も飲まないし」

「えっ?」


 驚いてレジ袋から荷物を出す手が止まった。じゃあ、今キッチンにある冷凍庫から出してきたウイスキーとジンは?どうして飲まないのにこの家にあるの?
 そんな疑問を見透かしたように、彼が口を開いた。


「お酒のこと?紗礼さんと飲めたら良いなって買っといたの。新品だよ。ほら」


 そう言うと瓶の口をひねった。パキャパキャと蓋が鳴き、未開封であったことを告げる。どうやら、想像以上に私は歓迎されているらしい。


「……それなら、お酒貰おうかな」

「え、ほんと?俺は嬉しいけど、無理しなくて良いよ?」

「せっかく用意してくれたんだから、ちょっとぐらい飲ませてよ。自分の飲める量くらいわかってるって。それに、三田くんのこと信用してる、し……」


 返事をしながら彼の方を振り向けば、何故か眼前に美貌が迫っていて。少し釣り気味の目元も、それにかかりそうな長さのパーマ落ちかけの髪も、目の前の景色全てが彼で。突然のことに息が出来なくなる。


「……紗礼さんはさ、」


 彼が口を開き、現実を知覚する。彼と距離を取ろうと一歩下が──れない。後頭部を優しく包む彼の手に阻まれていた。

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