【電子書籍化】飼い犬(?)を愛でたところ塩対応婚約者だった騎士様が溺愛してくるようになりました。
ランティスは、物憂げな表情のまま、黙って外を眺める。
ランティスが、誰よりも大切に思う存在。
愛しい婚約者のメルシアは、今まさに馬車に乗り込もうとしていた。
「……メルシア」
次の瞬間、ランティスは狼の姿になっていた。自分の意思で。
「……」
そのまま、勢いよく階段を駆け下り、待てないとばかりに、二階のバルコニーから、庭に飛び降りる。
「っ、ラティ?」
執事のハイネスの手を借り、まさに馬車に乗り込んだばかりのメルシアが、驚いた様子で緑の瞳を瞬く。
ラティは、そのまま馬車へと乗り込んで、メルシアの向かいの席に陣取った。
「えっと、ラティ? 私、家に帰るのだけれど」
「ワフ……」
自分の意思で狼姿になったランティスには、普段と違い人間としての自我があった。
先ほど、見送ろうとしたランティスの脳裏を、先日の事件がよぎったのだ。
そばにいるべきだと思ったのなら、狼に姿が変わってしまうことを理由に、一人でメルシアを帰すべきではない。
ランティスは、狼姿であろうとメルシアが無事家に着くまで一緒に行くことを決めたのだった。
「……メルシア様を送っていかれるのですか?」
「ワフ」
「左様でございますか。その方が良いかと存じます。……行ってらっしゃいませ」
「え、あの、ハイネスさん?!」
慌てた様子のメルシアが、手を伸ばそうとした時に、扉は閉まり馬車は動き出してしまう。