月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。
「瘴気が発生したような気配は無いね」

 ティナは周囲の様子を伺いながら瘴気の痕跡を探してみるが、今のところそれらしき場所は見当たらない。
 瘴気が発生すると、不気味な黒いモヤのようなものが漂い、木々は枯れ、土は腐り、小動物や鳥の死骸が落ちているのですぐわかるのだ。

「一見、普通の森だよね。もっと奥に行けばわかるかもしれないけど」

 トールもこれと言っておかしな気配は感じないようだった。

 そうしてティナとトールがしばらく歩いていると、魔物の子供がもぞもぞと動き出した。

「あ、目を覚ました! うわ……っ! やっぱり可愛い……っ!!」

 目を覚ました魔物の子供の瞳は金色で、キラキラと輝いている。まるで夜空に浮かぶ月のような瞳に、ティナはつい見惚れてしまう。

 魔物の子供はつぶらな瞳でじっとティナを見上げると、嬉しそうにしっぽを振っている。
 トールは神経を集中して警戒していたが、魔物の子供に敵意は全く無いようだった。トールはもしものためにと密かに発動させていた魔法を解除する。

「わっ! わわっ!! ふふふ、くすぐったい!」

 ティナをじっと見ていた魔物の子供は、野生の勘か何かでティナに悪意がないとわかったらしく、ペロペロとティナの頬を舐めている。

「……」

 魔物とはいえ、一見子犬に見える動物と戯れるティナはとても可愛い。しかし何となく面白くないトールは、魔物の子供の首根っこを掴んでティナから引っ剥がした。
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