月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。
「え? えっ……と、君はその……有名人だったし、そんな噂をどこかで聞いたのかも……?」

 ふと感じた違和感に、ティナがトールに質問する。
 いつもはっきりと答える彼にしては、珍しくしどろもどろな様子を不思議に思うものの、そう言えば自分はいつも周りから注目されていたな、と思い出す。

 学院にいる頃はいつも周りに気を使って、舐められないように虚勢を張っていたけれど……と思い出して気がついた。

「……あっ!!」

「どうしたの?」

 突然声を上げたティナを、トールは不思議そうに見ている。
 再会してから今まで、ティナに対してトールはごく自然に接してくれている。だけど、よく考えたらそれはおかしいのだ。

「……トールは私に驚かないの……?」

「何を? ……って、ああ。君の口調のこと?」

 ティナの口調が貴族令嬢のそれと違い、砕けたものになっていることにトールも気付いたらしい。

 ティナは誰と接する時でも、いつも言葉や振る舞いに注意していた。
 それなのに慣れ親しんだギルドにいるものだから、すっかり素が出ていたのだ。

「別に驚かないよ。だって、今の君の方がすごく自然だしね。学院でも無理していたんじゃないかな?」

 トールの鋭い指摘にティナは驚愕する。
 まさか、自分の猫かぶりに気付く人間がいるとは思っていなかった。
 それぐらいティナの猫かぶりは年季が入っていたし、完璧だったので今まで気付いた者は誰もいない。
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