恋の味ってどんなの?
 藍里は何とか受けごたえもできて会話もできるが頭を強く打ったという清太郎の証言もあったため、念の為に検査を受けることになり、少し時間がかかるようだ。

 時雨と清太郎はベンチで待つ。互いに知らない同志。男と男。病院ということもあり静かな時間。

「あのさ……また明日学校もあるから君は先に帰っててもいいよ、親御さんも心配するだろう」
 と言い出したのは時雨だった。清太郎は首を横に振った。

「僕は親戚の家に居候していまして……連絡もしてます。正直居候の家にいるよりかは外にいた方がいいから待ちます」
「いや、もう夜8時だよ。だったらタクシー呼ぶから」
「いいえ、藍里のそばにいてあげたいです」
 清太郎の強い眼差しに時雨はびっくりした。

「ごめんね、なんか……追い出してるわけではないけど、なんというか」
 時雨は少しひるんでるようだ。

「さくらさんの娘さんで……ほら付き合ってるんだけど、一緒にいる時間が長くて。なんというか、そのね……」
 と口を濁らせてるようにしどろもどろに時雨が目線を合わせずに答えてると、さくらがあわててやってきた。
 着の身着のまま来たらしく、ルームウェアだがなんとか外でもセーフな格好であった。

「藍里はっ、時雨くん……ってあなたは」
 さくらは目の前でスッと立ち上がった青年の清太郎を見てハッとする。
 数年前に見た時よりも大人になったが面影はあるようだ。

「……宮部、清太郎くんよね? お久しぶりね」
「お久しぶりです。懐かしいですね」
「うん、あらまーあんなに小さかっ……いや、それがもうこんなにっ。藍里に時雨くんよりも大きい」
 比べられた時雨は苦笑い。

「180はあるので。父さんに似ました」
「そうだったわね……まさかこんなところで会うなんて。制服、藍里の学校だから……岐阜からここまで通ってる?」
「親戚の家が近くなんで下宿してます」
「藍里、まったく言ってなかったわよ。クラスメイトだなんて」

 すると時雨が首を横に振る。
「なんか藍里ちゃんの彼氏だって」
 さくらはびっくりする。清太郎は慌てる。
「いや、あれは冗談です」
 するとそこに看護師がやってきて静かに! のジェスチャーをされ、3人は一緒にベンチに座る。看護師が藍里の家族の一人として書類や説明などを聞かされ、記入していく。

「でも藍里が倒れたなんて……あっ」
「なんか心当たりでも」
 さくらだけが藍里が生理だと知っていた。しかし男二人には言うに言えない。

「藍里はファミレスで接客中に倒れたんですよ。僕あの時客としていて。見てました」
「……接客」
 さくらは書く手を停めた。藍里には表に立つ仕事をするなと何度も口酸っぱく言っていた。綾人と離れても彼に見つかってはいけないという不安がある。

「どうやら人手が少なくて裏方で働いてた藍里がヘルプでやってたんですよ。不慣れなのに仕事もきつそうで、最後接客してたところは女の人を……」
 藍里からさくら母娘の事情を聞かされていた清太郎はこれ以上は言えないと思って口を閉じした。

「……そうなのね。多分ただの貧血よ」
「貧血……もしかして」
 時雨はさくらを見ると彼女は頷いた。言うまいと思っていたが。

「それ気づいてたらなにか対策できたのに。不覚だったよ」
「時雨君、私が言わなかったから」
「これから貧血対策のメニューももっと日常的に考えるね」
「ありがとう。私も貧血持ちだから……」
 清太郎はこの二人の会話をずっと聞いていた。彼も思い当たることがあって頻繁にトイレに行く藍里を見かけていたこと、そして朝に走って学校に行くと言った時に藍里は嫌がったこと。

「……そういうことか」
「ん? どうしたの」
 清太郎にさくらは問いたときに検査室から看護師が出てきてさくらだけ通された。時雨と清太郎は再び二人で待つ。

「あの、さっき言いかけて終わったんですけど」
 今度は清太郎から声をかけた。
「え、なんのことだっけ」
「……忘れたならいいです」
 と二人の間は静かになった。

 藍里は特に脳などに問題がなく、数日休み医者からOKをもらったら通学ができるようになるそうだ。
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