カタルシス
「トリカブトは趣味のアウトトレッキングの時にこつこつ採集してたの。ここら辺じゃ銭函峠の春香山で採れるわ…で、睡眠薬なんて今の御時世どこの科かかっても眠れないって言えば出してくれるわよ…あとは食品乾燥機と粉末機でトリカブトを粉状にして、睡眠薬と一緒に薬用カプセルに詰めるだけ…」
「…でも、どうして…?」
「わたしみたいなのでも死にたくなる時だってあるのよ…」
「お前がか…、どういう時だよ?」
「…今みたいな時よ…」
志帆は溜息まじりにつぶやいた。
「えっ?」
「なんでもないわ!とにかく男だったら覚悟決めて死んでこい!」
「…ありがとう!絵里と添い遂げるよ!」
秋宮悠人が部屋をして暫くすると、志帆は溜息をつき、スマートフォンを取り出しどこかへと電話をかけた。
「…もしもし…」
数回の呼び出し音の後、電話に出たのは西野絵里だった。

明くる日学校で石田はセンター中を捜しまわり、志帆を目にした。
「…おい、土屋!西野と連絡がつかないんだ。お前、なにか知らないか?」
志帆は呆れたような顔をして、
「あんたも未練たらしいわね…。秋宮は覚悟を決めてやる事をやった。そしてあの子達はあの子達なりの幸せを掴みにいったのよ…もうほっときなさい!」
か弱い土屋志帆の声には、しかしさすがの石田にも反駁できない内から来る力強さがあった。
「…そうか…。…俺もお役御免か…」
石田が弱音を吐いたのは始めてだったかもしれない…。
「…あ、いや、そうでもないわよ」
「えっ?」
「まえに立会人同士で一度話さない?って言ったじゃない…。これから一緒にどう?」
志帆が始めて誘惑的な様子をみせた。普段見慣れないせいからなのか、妙に色っぽかった。
「あっ…いやっ…」
「あんた、パイロットになりたいんでしょ。だったらわたしキャビンアテンダントになってあげてもいいわよ…。気が向いたの…」
志帆は続けた。
「…ああもうっ!…こうなりゃヤケだ!一緒に海外でも飛び回るか…ハハッ…!それじゃパイロットになって制限かかる前に、取り敢えず酒でも呑むか…!」
石田もとうとうどこかふっ切れたみたいだった。
「呑めるの?」
志帆の問いに、
「いや、パイロット志望だぜ!呑んだ事なんてねえよ…」
「…じゃ、お酒の呑み方教えたげるわ…」
青春の花が一輪咲いた。

絵里と僕は銀婚温泉で死のう、そう二人決めた。
JR函館本線函館行きの特急北斗に乗り込む。
汽車の窓から北海道の冬を彩るどこまでも真白な雪が、僕らの暗闇に閉ざされた心を白く清めてくれる、そんな気がした。
絵里が冬の寒さで曇った窓にあいあいがさを描き、掌でかき消そうとする。…あの時と同じだ。僕は曇ガラスの文字を消そうとした絵里のほっそりとした腕をつかんで、
「お互いの名前、書こうよ…」
絵里は静かにゆっくり頷いた。
八雲で降りて温泉の送迎の車に揺られ、銀婚温泉へ辿り着く。
雪道を連理の枝のように寄り添いあって、最後の旅情を愉しみ、僕は睡るように安らかに死ぬことの出来る薬を取り出した。
「人生最後の記念だからさ…、互いにあーんってしようぜ…」
「うん…指切り思い出すね…」
僕らは腕を交差させ、窓の外、山を彩る白銀の樹々が僕らを見守る中、互いの唇の中に死に至るトリカブトの薬を服ませる。
そして絡ませた絵里の左手の薬指に、僕は銀の指輪をはめたんだ…。
「プロポーズ、こんな形になってごめんね…」
自分の無力さに涙が零れた。
「…いいの、うれしい…、悠人君、好き…」
絵里の美しい瞳からも涙が零れ、畳を濡らした。
「ようやっと好きって言ってくれたね…。…俺も好きだ…。…愛してる…」
僕も自然に涙が流れた。
交わすくちづけ…。
「…悠人君、生まれ変わっても一緒になろうね…」
「…ああ、もちろんだ。僕たちは永遠に一緒だ…」
だけど僕は絵里に嘘をついていた…。絵里への薬をトリカブトからごくありふれた睡眠薬のカプセルに変えていたんだ…。彼女には生きていてほしかった…。僕の分まで…。
『愛してる…!ありがとう…!さよなら…!』
僕は絵里と抱擁しながら遠のく意識で別れを告げたんだ…。

日が昇り目が覚めて驚愕する。
死んでいないのだ。
『まさか!?』
絵里を殺してしまったのかと慌てて生死を確かめる。

絵里は涙を流していた。

僕も泣いた。

パトカーのサイレンの音が遠くから静かに愛の旅路の終わりを告げた。
その時、僕達が共有していた感覚は、悠久の時の流れに比べると余りにも儚く、頼りなかったもしれない。
しかしその時僕らが分かち合っていた絆は、互いが死までの時を緩やかに慰めあうには十分だった。
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