巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

双璧03

番外編 双璧03

 バラーチェク地方から王都へ戻る道中、魔術師団員たちは行く先々で歓迎を受けた。

 魔術師団がスタンピートを食い止めてくれなければ、魔物たちに襲われるのはバラーチェク領に近い自分たちだったのだ。師団員たちは彼らにとって命の恩人でもある。

「ラミロ様、カミロ様。わたくし共の料理はお口に合いましたでしょうか?」

「はい。とても美味しい料理でした」

「もてなしていただき感謝します」

 現在、魔術師団はルホターク領領主の屋敷に滞在していた。そこで領主から手厚いもてなしを受け、豪華な食事を終えたところである。

「それは良かったです。あ、そうそう、お二人に私の娘たちを紹介させて下さい。とても気立ての良い娘たちで、お二人と一度話してみたいと頼まれてしまいまして……」

 領主が白々しい演技で、ラミロとカミロに娘を充てがおうとする。あわよくば、娘たちが二人に見初められたら、と思っているのだろう。

「せっかくの申し出ですが、遠慮させていただきます」

「明日の朝早く出立予定なので、今日はもう休ませていただきます」

 領主の思惑を知ってか知らずか、二人は無碍なく断りを入れる。相手が貴族だろうが王族だろうがお構いなしだ。

「……そ、そうですか……。それは残念です」

 ここの領主はまだまともな人物らしく、残念そうにしながらも潔く身を引いた。

 今まで魔術師団が滞在した領地では、何としても双子を家門に取り込みたかったのだろう領主が、寝室に娼婦を送り込んだり、媚薬を飲み物に仕込んだり、娘に夜這いをかけさせたりと、手あたり次第にハニートラップを仕掛けてきたのだ。

 双子に振る舞われた飲み物を他の団員が間違って飲んだ時は大変な目にあった。そのことがトラウマで、しばらく人に出された飲み物には手を付けられなかったほどだったのだ。

「あー、やっと王都だね」

「ようやくだよ。早くソリヤに帰りたい」

 ルホターク領から王都まで馬で半日ほどだ。早朝に出れば、昼頃には王都に到着できるだろう。
 双子は王都に着いたら、一刻も早く国王に謁見を申し出ようと思っていた。今なら国王も双子の申し入れを快く受け入れてくれるはずだ。

 しかし、ここで思わぬ事態が発生する。
 魔術師団が王都に到着し、いざ王宮へという時に足止めを食らったのだ。

 その理由とは──。

「はぁっ?! 凱旋パレード?!」

「俺たちが王女たちと?! 何でっ?!」

 王都を囲む城壁のすぐ隣に建てられている迎賓館で、ラミロとカミロの二人は王宮からやって来たという参事官から受けた説明に怒りをあらわにする。

「お、落ち着いて下さい! これはリベジェス両師団員の功績を讃えようという陛下のお気持ちでして……」

 双子の意外な反応に、参事官は冷や汗をかく。喜ばれこそすれ、拒絶されるとは夢にも思わなかったのだ。

「まあ、パレードは一先ず置いといて、王女たちって何?」

「そうそう、王女たちは関係ないじゃん」

「それは──」

 参事官が説明をしようとしたその時、双子たちがいる応接室の扉がノックされる音がした。

「今打ち合わせ中だぞ。何の用だ?」

 参事官が外の役人に声を掛けると、かなり困惑している声が返ってきた。

「それが……こちらに王女殿下たちが来られておりまして……」

「殿下たちが?!」

 役人の言葉に参事官が驚いていると、扉が開いて綺羅びやかな少女たちが入ってきた。

「お話中のところ失礼しますわ。救国の英雄が戻られたとお聞きして、居ても立っても居られませんでしたの」

 先陣を切って入室してきたのは第一王女であるヴェロニカだ。その後に続いて四人の王女たちが入ってきた。

 ラミロとカミロは渋々、参事官は慌てて立ち上がり、王女たちに礼を執った。

「ご無沙汰しております。王女殿下にお会いでき光栄です」

「遠征帰りの汚い姿でお目汚し失礼いたします」

 双子は王族に失礼のないように挨拶するが、その声は淡々としていて抑揚がない。

「で、殿下……! お呼びするまでお部屋で控えていて下さいとあれほど……!」

 王女たちは参事官の言葉を無視して此処へやって来たらしい。

「ごめんなさいね。お二方に早くお会いしてくて、つい」

「魔物討伐お疲れさまでした。お二方のご活躍に国中が沸いておりますわ」

 双子に向かって王女たちが笑顔を向ける。
 以前から王女たちは双子を気に入っており、舞踏会のパートナーに指名したり、エスコートをさせようとしたり、あの手この手で関わろうとしてくるのだ。……すべて双子に断られているが。

「参事官からすでに説明は受けていらっしゃるでしょう? 単刀直入に言いますわ。わたくし達の誰と一緒にパレードに参加するか、貴方たちに選んで欲しいのです」

「えっ?! リビェナ殿下、それは……!」

 さっきから参事官がオロオロしている。どうやら予定と違い、王女たちが暴走しているので、どう対処すればいいのかわからないのだろう。

「わたくし達全員、意見が同じで決着がつきませんの。もし選んでいただかなければ、わたくし達全員と参加していただくことになりますわよ?」

 王女の言葉に双子はギョッとする。いくら凱旋パレードとはいえ、王女全員を侍らすなど前代未聞だろうし、王室の沽券にも関わってくる。下手をすると強制的に王女の誰かと結婚させられてしまうだろう。

「え、そんな無茶苦茶な。いくら何でも無理です。遠慮します」

「っていうか、ヴェロニカ殿下とリビェナ殿下には婚約者がいらっしゃるのでは?」

「それはわたくしが望んだ婚約ではありませんし、いつでも白紙に戻せますわよ」

「わたくしもですわ。ラミロ卿とカミロ卿が望まれるのでしたら、喜んで婚約破棄しますわ」

 国王の思惑もあるだろうが、それ以上に王女たちの双子への関心は強かったようだ。
 双子たちがなるべく王女たちに関わらないよう注意していたのは無駄だったらしい。

「……とりあえず、二人で相談しますので、今はお引取りいただけますか?」

「決まりましたらお声掛けいたしますので」

 この問題は慎重に対処する必要があると判断した双子は、一旦王女たちを部屋から追い出すことにする。

「わかりましたわ。でもあまり時間はありませんわよ?」

「お揃いの衣装も用意していますの! 準備もありますので早めにお返事くださいな」

 わいわいと王女たちが部屋から出ていくと、ようやく応接室に静寂が戻ってきた。
 女が五人も揃うとうるさくて仕方がない。

「……マジかー」

「どうなってんだよこれ……」

 本来は、未曾有の被害を起こしかねなかったスタンピートを制圧した魔術師団の面々を称えるために、凱旋パレードを行う予定であった。
 ところが、国王が王女のうち二人を魔術師団を労うために派遣しようとしたところ、王女たち全員が立候補したのだ。

 何故なら、凱旋パレードという公然の場で双子と一緒にいるということは、その王女は国王も認めた双子のパートナー──即ち、婚約者と同義であるからだ。

 だから王女たちが必死になるのも仕方がないのかもしれない。双子たちは将来有望な出世頭だ。平民とはいえ結婚相手に申し分ない。それに英雄と王女の婚姻は誰もが羨む物語となり、後世まで語り継がれるだろう。

「……王女たちも適齢期ですし、周辺国でも最近おめでたい話が続いておりますので、焦っておられるのかもしれません」

 項垂れる双子たちを見兼ねた参事官がフォローを入れる。全くフォローになっていないが。

「……え〜。だからって俺達にこだわらなくても」

「そうそう、俺ら平民だし」

 何処かの国の王族が結婚するからと言って、自分たちを巻き込むのは勘弁して欲しい、と双子は思う。

「それが、その国の王族の相手も元平民だったそうで。その元平民は孤児だったらしいのですが、国民たちに聖女と呼ばれて物凄く人気なのだそうです」

 参事官の話を聞き流そうとした双子は『孤児』という言葉に思わず反応する。しかも『聖女』という言葉まで出てきたことに妙な引っ掛かりを覚えた。

「……その国って?」

「確か、サロライネン王国だったかと」

 参事官の口から出た国名に双子は驚愕する。それと同時に、心の中が嫌な予感に覆われる。

「……! その話詳しく教えて!!」

「相手の名前は?! 髪の色は?!」

 突然、双子たちに問い詰められた参事官は目を丸くする。他国の王族の婚姻に二人が興味を持つとは思わなかったのだ。

「い、いえ、名前まではちょっと……髪色は赤だったような……。あ、でも保護者がアルムストレイム教の司祭だったらしいのですが、何故か騎士団長に就任したとかで、我が国の上層部でも話題に──」

「──サラだ」

「騎士団長……司祭様が──」

 何かを確信した双子の、尋常でない様子に参事官は戦慄する。そして双子から発せられる怒気に似た威圧の奔流に圧倒され、そのまま意識を失ってしまう。




 ──それからしばらく、王都で魔術師団の帰還を祝うパレードが行われた。

 国中の人間が街道に押し寄せ、その華やかなパレードに歓喜の声をあげる。

 そして今回の功労者である魔術師を一目見ようと、国民達はその姿をくまなく探したものの、結局誰一人として英雄──”双璧の魔術師”を見つけることは出来なかったのだった。
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