ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい

 翌日、熱が下がり調子を取り戻した粧子はSAWATARIに復帰した。灯至には「もう一日くらい休んだらどうだ」と言われたが家にいるよりも仕事をしていた方が気が紛れる。

「大叔母の葬儀に加えて、体調不良で急にお休みを頂いてしまって申し訳ありませんでした」

 復帰初日は丁寧な謝罪から始まった。一週間近くシフトに穴を開けた粧子は栞里に深々と頭を下げた。
 
「身体の具合はどうですか?」
「すっかり良くなりました。今日からしっかりお勤めさせていただきますね」

 栞里に語った言葉通り、粧子は接客に励んだ。サンドウィッチを紙袋に詰め、レジを打っていく。この日もSAWATARIは盛況だった。

「麻里さん、チキンサンドが売り切れです」
「追加分ができてるので持って行ってください!!」

 粧子は麻里が指差したトレーを店頭に運ぶとショーケースの中にサンドウィッチを手際よく並べていった。忙しいほど無心になれてちょうどいい。暇だと余計なことばかり考えてしまう。

「こんにちは、奥様」

 身に覚えのない呼称で声を掛けられ、レジカウンターに立っていた栞里が首を傾げる。奥様と声を掛けてきた客の視線は栞里ではなく、隣に立つ粧子へと注がれていた。鎖骨まで伸びた赤みがかった茶色の巻き髪、見覚えのあるスーツを見ると、心中穏やかではいられなかった。

「槙島家の弁護を担当しております、槙島純夏と申します。少しお時間頂けますか?」
「十四時までの勤務なので、その後なら……」
「それではまた十四時頃に参ります」

 純夏はそう言うとサンドウィッチには目もくれず店から出て行った。華やかな残り香がいつまでも店内に残る。

 どうしてこんなところまで……。

 勤務先までやって来るなんて、純夏は何を考えているのだろう。

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