ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「あ、粧子さん。こんにちは」
道端でひと知れず不満を爆発させていた粧子は、背後から突然声を掛けられギクンと肩を揺らした。
「ちょうどモト子さんの所にお惣菜を届けに行く途中だったんですよ。一緒に行きませんか?」
粧子に気さくに話しかけてきたのは灯至の兄、明音の恋人である麻里だった。例の騒動以来、面と向かって話すのは初めてだった。
「いつもありがとうございます。すごく助かってます」
麻里は姉の栞里と共に裏通りの角にあるサンドウィッチ店を経営している。
彼女には大叔母の元に週一度惣菜を届けてもらえるように頼んでいた。
味付けが口に合うのかめっきり食が細くなった大叔母も麻里の作る惣菜はよく食べた。
「あの……。結婚されたんですよね、明音の弟と……」
麻里は気まずそうに恐る恐る尋ねた。
破談から間を開けずに決まった結婚に作為的なものを嗅ぎ取ったのも無理はない。
麻里は自分が粧子の縁談を破談に追い込んだことに責任を感じているようだった。
「確かに私は明音さんの弟の灯至さんと結婚しましたが、麻里さん達の件とは無関係です。自ら望んで彼に嫁ぐと決めたのです」
ひとときの安寧と引き換えに人生を差し出してみたが、結果はそう悪いものでもなかった。
「これでも結構幸せなんですよ。あの人、思っていたよりずっと優しいですし。私がお仕事を探したいと伝えても反対されないし……」
灯至は多少ひねくれているが、冷酷というわけではない。仕事の件も粧子の意志を尊重しようとしてくれる。