ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「仕事を探されてるんですか?」
「ええ、結婚する時にヒラマツの若女将は引退してしまったので。でもなかなか雇ってもらえるところが見つからなくて……」
「じゃあうちのお店で働きませんか?」
麻里は粧子が求職中だと知るや否や食い気味に提案した。粧子は目を瞬かせた。誰がどこで働くって?
「姉とも話していたんです。お昼時は凄く混むからアルバイトを雇わないかって。粧子さんなら接客も慣れてらっしゃいますよね?」
「いいんですか?」
「もちろん!!」
かつての恋敵を雇い入れるとはなんて豪胆なのだろう。屈託なく笑いかけられるのはひとえに麻里の人柄によるものだと思った。
明音との縁談が破談になって本当に良かった。そうでなければ麻里の無邪気な笑顔は永遠に失われていたかもしれない。
後日、麻里と雇用に関する条件のすり合わせを行い正式に採用が決まると、その日のうちに灯至に報告した。
「サンドウィッチ工房SAWATARIさんでお世話になることになりました」
店名を伝えると大概のことには動じない灯至も頭を抱えた。
「何でよりにもよって……。明音の女のところに……」
「人手がなくて困っているとおっしゃるので……」
灯至はしばし逡巡したが、最後には諦めたようにため息をついた。
「……張り切り過ぎて無茶するなよ」
「はい」
粧子は灯至の葛藤に気がつかない振りをした。