ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
棺を火葬場に納め骨上げを待つ間は斎場で待機する。親族が集まる控室を抜け出て、お手洗いにやって来た粧子は、換気用の小窓から聞き覚えのある声がすることに気が付き、そっと耳をそばだてた。
「これで叔母さんの遺産は晴れて私のものだ」
お手洗いの裏には喫煙所があり、平松の父の誰に憚ることのない笑い声が丸聞こえだった。相手の声は聞こえないので、おそらくスマホで通話しているのだろう。
「はははっ!!ざっと十億だぞ?笑いが止まらん。ああ、手に入ったらすぐに入金する」
平松の父の声は近親者が亡くなったとは思えないほど弾んでいた。
ひどいっ……!!
大叔母が亡くなってからまだ四日しか経っていないのにもう遺産の話をしている。それ以上は聞いていられず、お手洗いから立ち去る。
本当の意味で大叔母の死を悼んでくれる人は誰もいないのだろうか。
「粧子」
「あ……泰虎兄さん……」
控室に戻ろうとした粧子は思いがけず、廊下を歩く泰虎と遭遇した。店の仕込みを終えてから斎場に駆けつけた泰虎は、今しがた到着したばかりのようだった。
泰虎は粧子を見ると、静かに微笑んだ。
「元気にしていたかい?」
「はい……」