ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
「大叔母さん、亡くなって残念だったね」
「ええ……」
二人は控室には入らず、斎場の外にある展望台にやってきた。
街の高台にある斎場からは、粧子達が暮らす街が一望できた。青く霞む空を貫くように一陣の風が吹く。
「俺の作った練り切りを褒めてくれるのは、粧子と大叔母さんくらいだったからね。寂しいよ、本当に……」
泰虎は悔しそうに足元の小石を蹴り飛ばした。
泰虎と面と向かって話をするのは平松家から逃げ出して以来のことだった。
「お店の方はどうですか?」
「まあ……なんとかね。粧子が若女将を引退してから常連客の何人かは通うのもやめてしまったけれど、それなりにやっていけるものさ」
苦労を語る泰虎には、諦めと疲労の色が見えた。ヒラマツの後継ぎとして作業場を取り仕切る泰虎は容易く弱音を吐くことはできない。粧子は同じ苦労を分かち合うことのできる唯一の身内だった。
粧子はこの時初めて後悔の念に襲われた。
少しでもヒラマツの手助けになればと始めた若女将だったが、じつに中途半端な状態で投げ出してきてしまった。
「ごめんなさい」
「謝るなよ。余計に惨めになる……」
泰虎とて自分が強硬な手段を用いたせいで粧子が突然出奔し、灯至から横槍が入ったことを理解していた。それでも……。
「粧子、もうヒラマツに戻ってくる気はないのか?俺は今でも君を愛してるんだ」
泰虎の粧子を想う気持ちはなにひとつ変わらなかった。義妹としてではなく、ひとりの女性として共に人生を歩むことを望んでいた。