あの日の誓い
 そしてここ二週間ばかり、私が津久野さんの行動を知っているゆえに、これから逢うハナにそれを悟られないようにしなければいけない。津久野さんの話は絶対に出てくるだろうから、どれもはじめて聞くリアクションをしなければならないと心がけたところで、ハナが現れた。

「絵里、お疲れ~。職場での気苦労が顔に出てるよ」

「ハナ……。やっぱりなんでもお見通しだなぁ、あはは」

 苦笑いする私の隣に腰かけたハナは、カウンターの奥にいるマスターに手を振った。

「マスター、いつものお願いしまーす」

「私はアルコール少なめでよろしく!」

 ハナのテンションに合わせて、自分のオーダーをする。そんな私たちを見たマスターは、小さく頭を下げてから、手際よくオーダーをこなしはじめた。

「絵里、なにかあったの? よかったら相談にのるよ?」

 私の顔をまじまじと見つめたハナに、すごく心配されてしまったけれど、原因のネタを明かすわけにはいかなかった。

「ここのところ、帰る間際に急患がやってくるせいで、サービス残業が多かったせいかな。だから気晴らしに、ハナに逢うことができてよかったかも。津久野さんの出張のおかげだね」

 さりげなく津久野さんの名前を出して、話を逸らそうと試みる。

「部長の出張ね、実は有休なの」

「有休?」

「前の支店に置いてきた、自分の部下たちが気になるって。コッソリ仕事の相談を受けているからって、有休を使ってわざわざ逢いに行ってあげてるの。すっごく優しいよね」

 実際は若い女と一緒にいる事実を知っているせいで、冷淡な感情が声に出ないように、細心の注意を払いながら返事をする。

「……そうなんだ。優しいね」

(もしや、前の支店で愛人関係になった若い部下に、有休を使って逢いに行っているのかもしれない)

 なにも知らないハナに、私が知っている本当の現実を突きつけるには、その若い女が愛人だっていう確証もないゆえに早すぎる。

「元気のない絵里がテンション上がるように、いいものを見せてあげる」

 ハナは私に軽く体当たりしたあと、スマホを取り出して、画面になにかの写真を表示させた。

「ほらほらー、親友の晴れ姿だぞ!」

「は?」

 ばばんと見せられたのは、ハナのウエディングドレスの姿だった。そういえば先週末の報告に、結婚式場の下見をしていたというのがあったのを思い出す。

「ハナ、津久野さんはまだ既婚者なのに、こんなことしていいの?」

「だって部長から式場見に行こうって、しつこく誘われたんだよ。一応私だってそこんところ気にしたのに、彼ったら『華代の花嫁姿が見たくて』なぁんて、ワガママ言い出してね」

(さっぱり意味がわからない。結婚してるクセに、ハナと結婚式場を見に行くとか、やっぱり家庭内別居状態なのかな?)

「津久野さんのワガママに振り回されてるのに、ハナってば嬉しそう」

「だってさ、本当にこれが現実になるのかなぁと思ったら、嬉しくもなるでしょ!」

 幸せそうに微笑むハナを見ているのに、私はどうしても笑えなかった。喉元まで出かかった物を、飲み込むので精一杯。

「絵里?」

「ごめんごめん。なーんか、込み上げるものがあって。今までこんな話を、ハナから聞いたことがなかったせいかな」

 喉元で出かかった物をうまいこと飲み込み、涙を拭うフリをしてる間に、目の前にオーダーされた飲み物がマスターの手によって置かれる。
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