あの日の誓い
***

 次の週の水曜日、私は急きょ有給を取って、津久野さんの奥さんが通院している個人経営の産婦人科病院に足を運んだ。

 予約なしで来院した私は、後回しの患者となり、予約の患者さんがいなくなってから診察になる。

 しばらく呼ばれることのない待合室で待ちぼうけしながら、津久野さんの奥さんが来るのを待った。彼女が毎週来院する時間は、午前10時から30分の間くらい。探偵事務所で調査した書類に顔写真もつけていただいてるので、顔もバッチリ覚えた。

 不妊治療に有名な病院らしく、待合室は座席がほぼ埋まるくらいに、患者さんがあふれている。私は壁際に立ったまま、津久野さんの奥さんを待ちわびた。

 彼女が来院する時間が近づくにつれ、入口の扉が開くたびに胸がドキドキする。やって来る女性たちの顔を食い入るように窺いつつ、スマホの画面に視線を移すを何度か繰り返したときに現れた。

 清楚系の美人というのが写真の第一印象だったのが、実際に逢うとそのままの感じだった。人あたりの良さは、直接喋ってみないとわからない。

 彼女が受付をして、コチラに振り返る。座るところがないのを見、私と同じように壁際に背を預け、鞄から取り出したスマホに視線を落とす。

(話しかけるなら、まさに絶好のタイミング。不審がられないように、慎重に話しかけなければ!)

 緊張を隠しながらじわじわ彼女に近づき、フレンドリーを心がけつつ、思いきって話しかける。

「あのぅ、すみません。ちょっとお聞きしてもいいですか?」

 小声で話しかけた私に、津久野さんの奥さんは顔をあげて「はい?」と返事をしてくれた。

「私、ここの病院に来るのがはじめてなんですが、いつもこんなに混んでいるんですか?」

「少し前に雑誌に掲載された関係で、混むようになった感じです」

 にこやかに答えてくれたことにほっとして、確信に迫るセリフを告げる。

「不妊治療に有名って噂を聞いて、来院したんですけど……」

 恐るおそる訊ねた私に、津久野さんの奥さんはどこか悲しげな面持ちで私の顔を見る。

「ここの先生が、不妊治療に最新技術を取り入れてるみたい」

「そうなんですか。現代医療の最新技術を使って、少しでも妊娠する確率をあげたいですもんね。ちなみにどれくらい通われてます?」

 私の問いかけに、津久野さんの奥さんが困った様相で口を引き結んだ。

「すみません、私ってばつい……。実は私、ここの病院で三軒目なんです。夫と私は健康上なにも問題がないのに、全然妊娠しなくって」

 声を震わせながら口元を押さえて、頭を俯かせる。それを見た津久野さんの奥さんが、慌ててハンカチを取り出した。

「ここで三軒目って、それは大変でしたね」

 言いながら手にしたハンカチを差し出してくれる優しさを目の当たりにして、嘘をついてることに罪悪感を覚える。

「ありがとうございます。涙は引っ込みました。うれし泣きにとっておかなきゃ」

 なんとか気持ちを切り替えて対応した私を見た津久野さんの奥さんは、ハンカチを握りしめて腕を引き、寂しげなほほ笑みを浮かべる。

「私はここの病院に通い始めて、まだ一ヶ月なんです。もともと生理不順のせいもあって、できにくいみたい」

(よし、奥さんが不妊治療している言質がとれた! ということは、夫婦仲が悪いわけじゃないよね)

「そうなんですか。私だけ最初病院に通っていたんですけど、それでも原因が掴めなくて、夫にも来てもらって検査したりと、いろいろやっているんですけどねぇ」

「私の夫は仕事が忙しくて、なかなか病院には顔を出せないの。そうよね、なんとか時間を作って、一緒に診てもらったほうがいいわよね……」

 手にしたハンカチを握りしめながら、津久野さんの奥さんが呟いたとき、彼女の名前が待合室に響いた。

「呼ばれたみたい。それじゃあ行ってきます」

「こちらこそ、いろいろお話を聞けて、参考になりました」

 深く頭を下げて彼女を見送る。頭の中では、ハナに報告する日取りを考えたのだった。
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