あの日の誓い
***
ボーナスを使って探偵に依頼した報告書が、このタイミングで役にたった。
「退院直後に奥さんに逢いに行くって、どんな神経してるのよハナ」
「それは、絵里の報告書のおかげでしょ。奥さんの行動がわかったことで、退院が1日延びて、しっかりと絵里の仕事ぶりを眺めることができたし、ついてるなって思ったんだ」
あのあと、病室で涙を流し終えたハナと話し合いをした。ハナがやりたい優先順位をもとに計画した結果、まずは奥さんに謝罪をしてから、津久野さんと別れるという流れになった。
あらためて報告書を確認したところ、ハナの退院予定日の次の日に、奥さんが産婦人科病院に行く日だということがわかった。その帰り道を狙って、謝罪することになったのだけれど。
「担当のお医者さんに、気力を回復させたいので、あと1日だけ入院を伸ばしてくださいって頼んじゃった♡」
なぁんて言って、ちゃっかり入院を1日伸ばし、病棟で働く私をコッソリと影から眺めていたらしい。私は次の日急遽お休みをいただいたので、その日はそれを挽回すべく、必死になって働いていた。
そして退院当日、私と一緒に病院をあとにしたハナの表情は、入院前の死にそうな面持ちとは真逆で、とても晴ればれしたものだった。妙にスッキリした姿を見たので、訊ねずにはいられない。
「ねぇハナ、これから奥さんに逢うこともそうだけど、津久野さんと別れることはつらくないの?」
まるで旅行の帰り道のような楽し気な雰囲気を醸すハナを、どうにも訝しく思ってしまった。
「つらいよ、正直なところ。だけどなにも知らないまま、今までどおり不倫してるほうが、もっとつらいと思えるから、今こうして耐えられるんだよ」
「そっか。そうだよね……」
「こうしていられるもの、絵里のおせっかいのおかげ。それがなかったら、ズルズル無駄な時間を過ごすことになっていただろうし、貴重な20代を既婚者に捧げる羽目になっていたよね」
言いながら、軽く体当たりされた。ハナが元気な証拠の衝撃を受けた私の体は、嬉しさのあまりに思いっきりよろける。
「ちょっ絵里⁉」
私よりも華奢な腕が、慌てて差し伸べられた。親友の両腕は、よろけた私の体を確実に捕まえる。
「ふふっ、ありがとハナ。本当に元気になったよね」
「えーっ、もしかして絵里ってば、私の元気度を測ったんじゃないよね?」
「ちゃんと元気じゃなきゃ、これから奥さんとの話し合いなんて、絶対にできないじゃない。これでも心配してるのよ?」
ハナからの質問を質問で返したら、掴んでいる私の体をぎゅっと抱きしめた。まるで縋りつくように。
「こうして絵里が傍にいてくれて、本当によかったって思う。私は大丈夫。きちんと自分の非を認めて、奥さんに謝ることができるよ」
カラ元気にも似た声色を聞いたけど、それをあえて指摘せずに、細い背中をぽんぽん叩いて宥めた。
「さてと。診察の終わった奥さんが病院から出たって、さっき教えてもらえたから、津久野さんの自宅前で待っていようか?」
「さっき教えてもらえたって、誰に?」
私の顔を見上げながら、不思議顔のハナが問いかけた。
「実は、今回のことを相談した人がいてね……」
「ほほぅ! 相談できるような男性が、絵里の傍にいるとは思いもしなかった!」
ずばりと指摘したハナのセリフに、思わず息をのむ。私から相手についてなにも言っていないのにもかかわらず、それを男性と確信した親友の推理に、二の句を継げられない。
「絵里、さっさと吐いたほうがいいわよ。私のしつこさ、わかっているでしょう?」
まるでベテラン刑事のような言葉を言い放ち、「ほらほら早くしないと、奥さんが帰ってきちゃうかもね」なんて、急かすことまで言い出す始末。私はげんなりしつつ、重たい口を開く。
「えっとぉ、探偵事務所に勤めてる人なんだけど」
「うんうん」
「今回依頼したことを調査してくれた人でね、親友のためにここまでしてあげるなんて、偉いですねって褒めてくれた方なの」
ハナに説明しながら、そのときのことをぼんやり思い出した。
ボーナスを使って探偵に依頼した報告書が、このタイミングで役にたった。
「退院直後に奥さんに逢いに行くって、どんな神経してるのよハナ」
「それは、絵里の報告書のおかげでしょ。奥さんの行動がわかったことで、退院が1日延びて、しっかりと絵里の仕事ぶりを眺めることができたし、ついてるなって思ったんだ」
あのあと、病室で涙を流し終えたハナと話し合いをした。ハナがやりたい優先順位をもとに計画した結果、まずは奥さんに謝罪をしてから、津久野さんと別れるという流れになった。
あらためて報告書を確認したところ、ハナの退院予定日の次の日に、奥さんが産婦人科病院に行く日だということがわかった。その帰り道を狙って、謝罪することになったのだけれど。
「担当のお医者さんに、気力を回復させたいので、あと1日だけ入院を伸ばしてくださいって頼んじゃった♡」
なぁんて言って、ちゃっかり入院を1日伸ばし、病棟で働く私をコッソリと影から眺めていたらしい。私は次の日急遽お休みをいただいたので、その日はそれを挽回すべく、必死になって働いていた。
そして退院当日、私と一緒に病院をあとにしたハナの表情は、入院前の死にそうな面持ちとは真逆で、とても晴ればれしたものだった。妙にスッキリした姿を見たので、訊ねずにはいられない。
「ねぇハナ、これから奥さんに逢うこともそうだけど、津久野さんと別れることはつらくないの?」
まるで旅行の帰り道のような楽し気な雰囲気を醸すハナを、どうにも訝しく思ってしまった。
「つらいよ、正直なところ。だけどなにも知らないまま、今までどおり不倫してるほうが、もっとつらいと思えるから、今こうして耐えられるんだよ」
「そっか。そうだよね……」
「こうしていられるもの、絵里のおせっかいのおかげ。それがなかったら、ズルズル無駄な時間を過ごすことになっていただろうし、貴重な20代を既婚者に捧げる羽目になっていたよね」
言いながら、軽く体当たりされた。ハナが元気な証拠の衝撃を受けた私の体は、嬉しさのあまりに思いっきりよろける。
「ちょっ絵里⁉」
私よりも華奢な腕が、慌てて差し伸べられた。親友の両腕は、よろけた私の体を確実に捕まえる。
「ふふっ、ありがとハナ。本当に元気になったよね」
「えーっ、もしかして絵里ってば、私の元気度を測ったんじゃないよね?」
「ちゃんと元気じゃなきゃ、これから奥さんとの話し合いなんて、絶対にできないじゃない。これでも心配してるのよ?」
ハナからの質問を質問で返したら、掴んでいる私の体をぎゅっと抱きしめた。まるで縋りつくように。
「こうして絵里が傍にいてくれて、本当によかったって思う。私は大丈夫。きちんと自分の非を認めて、奥さんに謝ることができるよ」
カラ元気にも似た声色を聞いたけど、それをあえて指摘せずに、細い背中をぽんぽん叩いて宥めた。
「さてと。診察の終わった奥さんが病院から出たって、さっき教えてもらえたから、津久野さんの自宅前で待っていようか?」
「さっき教えてもらえたって、誰に?」
私の顔を見上げながら、不思議顔のハナが問いかけた。
「実は、今回のことを相談した人がいてね……」
「ほほぅ! 相談できるような男性が、絵里の傍にいるとは思いもしなかった!」
ずばりと指摘したハナのセリフに、思わず息をのむ。私から相手についてなにも言っていないのにもかかわらず、それを男性と確信した親友の推理に、二の句を継げられない。
「絵里、さっさと吐いたほうがいいわよ。私のしつこさ、わかっているでしょう?」
まるでベテラン刑事のような言葉を言い放ち、「ほらほら早くしないと、奥さんが帰ってきちゃうかもね」なんて、急かすことまで言い出す始末。私はげんなりしつつ、重たい口を開く。
「えっとぉ、探偵事務所に勤めてる人なんだけど」
「うんうん」
「今回依頼したことを調査してくれた人でね、親友のためにここまでしてあげるなんて、偉いですねって褒めてくれた方なの」
ハナに説明しながら、そのときのことをぼんやり思い出した。