あの日の誓い
***

 以前産婦人科病院へ行く前に、奥さんが歩くであろう道のりを確かめるべく、津久野さんの住む家の前を通って病院に行った経緯があるので、ハナに自宅を教えるのは簡単だった。

 だけど向かう道中、延々と榊原さんのことについて熱弁されたせいで、私のテンションはここぞとばかりにだだ下がりした。だけど、親友の気持ちもわからなくはない。

 だってこれから大好きだった人の奥さんに逢い、頭を深く下げながら謝罪するのだから。違うところに意識を持っていって、現実から目を逸らしたいだろうな。

 なので私は必死に、今の現状に耐えている状態だったりする。誰か私のことを、親友思いだとどうか褒めてやってください。

「絵里は黙ってりゃかわいいんだから、相手のマイナス面を指摘せずに、すこーしだけ我慢するということを覚えなきゃダメよ。前回彼氏がいたのって、何年前だっけ?」

「遠い昔過ぎて、忘れちゃったわ……」

 こんな他愛ない話を続けていると、目の前に見覚えのある姿が目に留まる。

「ハナ、まっすぐ前を見て。彼女、津久野さんの奥さん」

 熱心に私に話しかけていたハナに、小声で教えてあげた。途端に顔色が変わり、緊張感が満ちていく。そんな親友の肩を叩き、カツを入れながら言葉を続けた。

「打合せどおりに、私が最初に話しかけて自己紹介する。ご主人のことで話が長くなるから、大通りに出るように誘導して、喫茶店に移動するからね」

 榊原さんからのアドバイスで、いきなり謝るのではなく、ファミレスなどどこかの店に行き、テーブルを挟んだ状態で話し合いをしたほうが、お互い落ち着いて、穏やかに話ができるだろうということだった。

「ハナ、わかった?」

「うん、大丈夫。絵里がいてくれるから、安心してる」

 気合の入ったハナの顔を確認して、私が颯爽と先導する。奥さんが自宅に着く前に、こちらから話しかけなければならない。急ぎ足で前に進みつつ、少しだけ背後を歩くハナの気配にも意識を送った。

 己の中にある心音が高鳴るのを感じながら足を進ませ、こちらに向かってくる津久野さんの奥さんに近づき、目が合った瞬間に立ち止まって、小さく頭を下げる。

「あれ? アナタは――」

「病院ではいろいろ教えてくださり、ありがとうございました」

 下げていた頭を上げて、にっこりほほ笑んだ。印象に残るようなやり取りをしていないと思っていただけに、津久野さんの奥さんが私を覚えていたことで、さらに緊張感が増していく。

「私は岡本といいます。彼女は親友の斎藤華代で、ご主人と同じ会社に勤めています」

 私が身振り手振りで紹介すると、ハナは背後から前に出るなり、腰から頭を下げた。

「斎藤です、津久野部長には日ごろからお世話になってます」

「ご丁寧にどうも、こちらこそ夫がお世話になっているようで。あの人、会社で迷惑をかけていないかしら。家ではなにもできなくて、困っているんですよ」

 愛する夫を思い出し、くすくす笑う津久野さんの奥さんと、これから謝罪する関係で、微妙な面持ちのハナ。そして間を取り持つために真顔を貫く私という、それぞれが違う表情で対応する雰囲気は、あまりよろしくないものだった。
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