あの日の誓い
「ちょっとだけ残業もしたんだ。華代がいないせいで、俺の仕事が回らなくなってるんだぞ」

 体調不良で休んでいた愛人に会社でのことを知らせると、華代は紅茶を淹れる作業をテキパキこなしつつ、乾いた口調で返答する。

「私がいなくたって、部長の仕事をフォローしてくれる社員は、ほかにもいるのに」

「華代ほど、俺をわかってくれるヤツなんていない。わかってないな」

 寂しさを表すために告げたセリフだったが、キッチンにいる華代は肩を竦めてやり過ごした。

 先ほどから華代に見えない壁を作られているのを感じて、津久野は訝しげに眉根を寄せた。

「俺、華代を怒らせること、なにかしたっけ?」

「なにもしてないけど、なんで?」

「なんか、こう……。冷たい感じが伝わってきてる」

 華代は紅茶のポットに熱湯を入れ、キッチンタイマーのボタンを押して時間をセットし、苦笑いを浮かべながらソファの傍にやって来た。

「わかってないのは部長でしょ、もう!」

「え、な……なにが?」

 津久野に体当たりしてソファに腰かけた華代は、横にある逞しい二の腕に縋りつきつつ、抱きしめた腕を自身の腕にぎゅっと絡めた。

「寂しかったんだよ、これでも。自分の体調悪化のせいで、ずっと部長に逢えなかったことがね」

「うん」

「久しぶりのふたりきりの逢瀬に、照れない恋人はいないんじゃないかな」

「なんだ、照れ隠しってことか?」

 空いた手を華代の頬に添えて、音もなく顔を近づける津久野の動きを遮るように、キッチンタイマーが時間を知らせた。華代は親指と人差し指で津久野の唇をつまみ、クスクス笑う。

「部長のせっかち。こういうのは、もっとあとにしなきゃ。せっかく紅茶を淹れたのに、アレがはじまっちゃったら台無しになるでしょ」

「でも少しくらい――」

 久しぶりの逢瀬だからこそ、華代に触れたがる津久野の粘っこい視線を振り切るように、華代はソファから勢いよく立ち上がった。

「いつもすぐにがっつくでしょ。とめられるの?」

「だって……」

「今ここではじまっても病みあがりの私は、ソファなんていうところで、部長を受け止めらないんだからね。それくらいの配慮もできないの?」

「するに決まってるだろ。大事な華代の体のことを、ちゃんと考えてるって」

 言いながら津久野の手が華代の利き手を掴み、ぐいっと下に引っ張ってソファに座るように促す。仕方なく華代はそれに従い、近づいてくる津久野の唇を受け止めた。

「んっ……」

 触れるだけのキスがやがて深いものに変化し、そして――。

「んぅっ、やっ……ほらもう!」

 華代は苛立ちをのせて頭を振り、胸を触る津久野の手をバシッと叩き落した。

「大好きな華代に触れたかっただけなんだ」

「違うでしょ。ずっとシてないから、ヤりたいだけなんじゃないの?」

 慌てて立ち上がり、華代は津久野と距離をとる。触れられる距離にいたら、ふたたび先ほどのような行為がはじまると察知したからだった。

「そんなことないって。ホントだよ」

「まったく、困った部長! あーあ、紅茶が濃く出ちゃっただろうな。それでも飲んでもらうからね!」

 身を翻してキッチンに戻っていく、華代のまぁるいヒップを、津久野は舌なめずりしながらじっとりと眺めた。
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