あの日の誓い
「斎藤さん、次の転職先って、同じような系統の会社を志望してます?」
「ううん、全然なにも考えてない。まずはこのミッションを成功させて、落ち着いてからかなぁって」
おどけた感じで返事をするハナを、呆れた様子で眺めていると。
「実は俺が勤めてる探偵事務所が、万年人手不足なんです。所長の人使いの荒さが理由で、みんなが辞めていくんです」
(――所長の山下さんって、そんな感じの人に見えなかったけどなぁ。副所長の田所さんと仲が良かった気がするけど)
「まさかそこに勤めないかって、私をスカウトしてるってこと?」
どこか乾いた声で訊ねるハナに、榊原くんは車のエンジン音に負けないようなハキハキした口調で答える。
「副所長の田所さんは、元サレ妻なんですよ。ここに不倫経験者の斎藤さんが加わったら、事務所的には無敵になれそうな気がしませんか?」
「アハハ! 雑なスカウトの仕方だね、榊原くんおもしろい」
「俺、真面目に誘ってるんですけど?」
「絵里はどう思う?」
いきなりハナに話を振られて、驚きを隠せない。
「へっ?」
目を瞬かせながらハナを見つめる私に、隣で人差し指をたてて流暢に語りかける。
「所長さんが仕事のできる人だってことは、あの書類を見たら明らかだけどさ。事務所の様子を直接見た、絵里の感想をぜひとも聞きたいなぁと思って」
「事務所の様子って、私は二回しか顔を出してないから、よくわからない。雰囲気が悪いというのは感じなかったけど……」
運転席側に視線をチラチラ飛ばしながら答えると、ルームミラーに映った榊原くんの瞳が、嬉しげに細められたのが目に留まる。
「事務職しか経験のない私が、いきなり探偵事務所に勤めても、やっていけるものなのかな? 依頼された探偵っていう慣れない仕事を、自分からこなさなきゃいけないときだってあるでしょ?」
「事務職経験者だからこそ、お誘いしてるんです。副所長の田所さんは所長のお守りを兼ねているせいで、思うように事務仕事が捗らないことを、よく耳にしてるんです」
「なるほど、だったら考えてみようかな」
顎に手を当てて考え込むハナの横顔を、なんとはなしに眺めた。さっきよりも緊張感がとれて、表情が柔らかくなっていることに気づき、ほっと胸を撫でおろす。
事前に榊原くんに言われていたこと――慣れないことをする緊張感や失敗しないように気を張り詰め続けることは、病みあがりのハナの体調にとってよくない。
それを少しでも緩和すべく車内で話を振るので、ハナが話しやすいように相槌を打ってくださいと頼まれていた。
「榊原さんは、探偵の仕事は長いんですか?」
今まで黙って話を聞いてた奥様が、ハンドルを握る彼に話しかけた。
「今年で6年目です。まだまだ不測の事態に対処できないぺーぺーですよ」
「航希くんってばしっかりしてるのに、そんなことないんじゃない?」
「いえいえ、そんな。この間だって田所さんと一緒に調査してる最中に、警察の職質に捕まってしまったんです。ママ活の援助交際と勘違いされたせいでしつこく尋問された結果、ターゲットには逃げられちゃって。結局所長にわざわざ現地に来てもらったおかげで、解放された次第です」
ハンドルを握りながら肩を竦めて喋る榊原くんに、ハナがくすくす笑った。
「榊原くんってば、絵里と会話してるときだけ、めっちゃ口数が増えてる。どうしてかなぁ?」
「そんなことはない、と思いマス……」
たどたどしく口にした榊原くんに、奥様が追撃をぶちかますように話しかけた。
「もしかして、私たちお邪魔だったかしら。私と斎藤さんは、別の車に乗ったほうがよかったかもしれないわね」
「ほんとそれ!」
「奥さんと斎藤さん、俺で遊ぶのやめてくださいって。絵里さんが一番困ってるんですよ」
「え? 私、困ってないけど」
盛り上がる私たちの会話とは裏腹に、車の一番奥の席に立てかけられたキャリーケースは、静かな寝息をたてるターゲットを、居心地のよくない場所で守っていたのだった。
「ううん、全然なにも考えてない。まずはこのミッションを成功させて、落ち着いてからかなぁって」
おどけた感じで返事をするハナを、呆れた様子で眺めていると。
「実は俺が勤めてる探偵事務所が、万年人手不足なんです。所長の人使いの荒さが理由で、みんなが辞めていくんです」
(――所長の山下さんって、そんな感じの人に見えなかったけどなぁ。副所長の田所さんと仲が良かった気がするけど)
「まさかそこに勤めないかって、私をスカウトしてるってこと?」
どこか乾いた声で訊ねるハナに、榊原くんは車のエンジン音に負けないようなハキハキした口調で答える。
「副所長の田所さんは、元サレ妻なんですよ。ここに不倫経験者の斎藤さんが加わったら、事務所的には無敵になれそうな気がしませんか?」
「アハハ! 雑なスカウトの仕方だね、榊原くんおもしろい」
「俺、真面目に誘ってるんですけど?」
「絵里はどう思う?」
いきなりハナに話を振られて、驚きを隠せない。
「へっ?」
目を瞬かせながらハナを見つめる私に、隣で人差し指をたてて流暢に語りかける。
「所長さんが仕事のできる人だってことは、あの書類を見たら明らかだけどさ。事務所の様子を直接見た、絵里の感想をぜひとも聞きたいなぁと思って」
「事務所の様子って、私は二回しか顔を出してないから、よくわからない。雰囲気が悪いというのは感じなかったけど……」
運転席側に視線をチラチラ飛ばしながら答えると、ルームミラーに映った榊原くんの瞳が、嬉しげに細められたのが目に留まる。
「事務職しか経験のない私が、いきなり探偵事務所に勤めても、やっていけるものなのかな? 依頼された探偵っていう慣れない仕事を、自分からこなさなきゃいけないときだってあるでしょ?」
「事務職経験者だからこそ、お誘いしてるんです。副所長の田所さんは所長のお守りを兼ねているせいで、思うように事務仕事が捗らないことを、よく耳にしてるんです」
「なるほど、だったら考えてみようかな」
顎に手を当てて考え込むハナの横顔を、なんとはなしに眺めた。さっきよりも緊張感がとれて、表情が柔らかくなっていることに気づき、ほっと胸を撫でおろす。
事前に榊原くんに言われていたこと――慣れないことをする緊張感や失敗しないように気を張り詰め続けることは、病みあがりのハナの体調にとってよくない。
それを少しでも緩和すべく車内で話を振るので、ハナが話しやすいように相槌を打ってくださいと頼まれていた。
「榊原さんは、探偵の仕事は長いんですか?」
今まで黙って話を聞いてた奥様が、ハンドルを握る彼に話しかけた。
「今年で6年目です。まだまだ不測の事態に対処できないぺーぺーですよ」
「航希くんってばしっかりしてるのに、そんなことないんじゃない?」
「いえいえ、そんな。この間だって田所さんと一緒に調査してる最中に、警察の職質に捕まってしまったんです。ママ活の援助交際と勘違いされたせいでしつこく尋問された結果、ターゲットには逃げられちゃって。結局所長にわざわざ現地に来てもらったおかげで、解放された次第です」
ハンドルを握りながら肩を竦めて喋る榊原くんに、ハナがくすくす笑った。
「榊原くんってば、絵里と会話してるときだけ、めっちゃ口数が増えてる。どうしてかなぁ?」
「そんなことはない、と思いマス……」
たどたどしく口にした榊原くんに、奥様が追撃をぶちかますように話しかけた。
「もしかして、私たちお邪魔だったかしら。私と斎藤さんは、別の車に乗ったほうがよかったかもしれないわね」
「ほんとそれ!」
「奥さんと斎藤さん、俺で遊ぶのやめてくださいって。絵里さんが一番困ってるんですよ」
「え? 私、困ってないけど」
盛り上がる私たちの会話とは裏腹に、車の一番奥の席に立てかけられたキャリーケースは、静かな寝息をたてるターゲットを、居心地のよくない場所で守っていたのだった。