あの日の誓い
「部長もしかして、脅されて付き合ってるから、不倫のカウントにいれないでくれって言ってるの?」

「そ、そうだ……」

「女子社員は、部長に襲われたって言ったのになあ。どっちが嘘をついてるんだろう?」

 どうやったらこの状況を、少しでも良くさせることができるだろうかと考えはじめた瞬間、喉仏に指が突き立てられた。

「くぅっ!」

 慌てて顎を引きながら後頭部を木の幹に押しつけたら、指が外される。

「津久野さんが嘘をつきすぎて、どれが真実なのかさっぱりわかりませんね」

「俺は嘘なんてついてない。さっきも言ったが俺がしているのは、相手が求めていることを実行してるだけ。それだけなんだ!」

「ちなみに私は、結婚という二文字をひとことも言ってないよ。ただ一緒にいたいと言っただけ。部長はそれを、勝手に湾曲しただけじゃない」

「華代だって喜んでいただろ。式場巡りしたときに、楽しそうにはしゃいでいたじゃないか」

 当時のことを思い出し、そのことを口にしてやったら、いきなりしんと静まり返る。まさに、ぐうの音も出ないと言ったところだろう。

「津久野さんは結婚適齢期の女性の目の前に、将来を夢見るような材料を並べ立てて、弄んだにすぎません。ハナはそれだけ、津久野さんに夢中だった。はしゃいでしまうのも当然でしょう。でもこのタイミングで奥様が妊娠したら、どうするつもりだったんですか?」

 ところどころ、圧の入ったセリフを告げた岡本さん。怒りを感じさせるそれに、気圧されそうになったが、負けじと答えてやる。

「それは」

「妊娠しないって、どこかでわかっているからでしょう? 不妊治療をするにあたり、夫婦で検査して結果を知っているから」

 岡本さんは俺の言葉を止めるように、いきなり割り込み、左頬を叩いた。パンッという皮膚を叩いた音が辺りに響き渡り、静寂の中に溶け込んでいく。

「ちょっと絵里、叩いたりしたらダメだって言ったでしょ」

「グーパンしなかっただけマシ。このままこの人の話を聞いていたら、どうにもイライラしちゃってさ。怒りどころをどこかにぶつけないと、スズメバチを放ちそうだったんだ」

(――もう一発くらい平手打ちされたほうが、身の安全が保障されるだろうか?)

 痛む頬を撫で擦ることもできずに、微妙な面持ちでふたりの会話を耳にした。

「部長は自分の精子の数がすっごく少なくて、しかも運動率も悪いせいで、妊娠させる能力が低いとあらかじめ知っていたから、奥様だけじゃなく私や支店の女子社員にも、中出ししていたんだよね?」

「そんなこと、どこで――」

「私さっき言ったでしょ、絵里が探偵事務所で調査してくれたって。奥様と不仲じゃないことも、わかってるんだから」

 愛情をまったく感じさせることのない、華代の突き放すような物言いに、体の力がどんどん抜けていく。
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