あの日の誓い
「はっ、最近の探偵事務所は、なんでも調べ尽くせるのか……」

 不貞腐れる感じで言い放ったら、華代は淡々とした口調で訊ねる。

「ちなみに奥様は子どもを望んでいたから、不妊治療をさせたの?」

「妻が家にずっとひとりでいるのが、つまらないんじゃないかと思ったのがきっかけだ。子どもでもいたら、暇をつぶせるだろ」

「暇潰し……。愛情があるからじゃなく?」

「嫌いだったら、一緒に暮らしていないさ」

「津久野さん、貴方いったい――」

 華代とのやり取りの間に、岡本さんがイライラを滲ませたセリフを呟く。

「俺は器用な男だからさ。同じだけの愛情を同時に、複数の相手に与えることができる」

 満面の笑みでほほ笑みながら、堂々と言い放った。

「そんなこと、既婚者の貴方がやっていいわけないじゃない!」

「絵里落ち着いて。既婚者じゃなくても、そんな不誠実なことはダメだよ」

 身の安全を保障するために、岡本さんの苛立つ気持ちのガス抜きを目的で、こんな発言をしただけ。それなのに、なぜだか華代に否定されると、こっちのやる気が削がれてしまう。

「部長からの愛情は確かに与えられていたけど、向こう側が透けて見えるようなものを与えられ続けていたら、いつか崩壊するのがオチなんですって」

「崩壊するだと?」

(透けて見えそうなモノを、華代に与えたわけじゃない。いったい、どういうことだ?)

「絵里の手で恋するフィルターを外されたおかげで、今まで見えないものが全部明らかになった瞬間、部長の目的は、ただヤリたいだけだっていうのがわかっちゃいました」

「そんなこと――」

 首を激しく横に振り、全力で拒否った。

「そんなことあるでしょ! しかも仕事中は、めんどくさい案件をうまいこと言って部下に押しつけて、ご自分は楽な仕事ばかり選んでる」

「…………」

「最初のうちは、そのことを見抜けなかった。テキパキ仕事を捌いて部下に分担して、手際よく仕事をこなしてるふうに見えた。それをカッコイイなって思ってたのに。すごく憧れたのに……」

 ふたたび硬い石を踏みしめる音が、足元から聞こえはじめる。

「ハナ、一旦クールダウンしよう。私も相当、頭にきちゃった。冷静にならなきゃ」

「そうだね。それにあそこ見て、絵里」

「ん? キツネ? オオカミ?」

「お腹をすかせた野犬だよ。私たちの様子を、遠くから眺めてるみたい。木に磔にされたエサが食べられるかどうか、見守っているのかもね」

 華代のセリフで、悪寒が背筋を一気に駆け抜けた。

「まっ待ってくれ。俺を犬のエサになんて、考えていないだろう?」

「そんなの野犬次第です。絵里、車に戻ってお茶でもしよう!」

「華代、俺が悪かった! 妻と離婚して絶対に結婚するから、見捨てないでくれ! お願いだ‼」

 ほかにも華代を引き留める言葉を叫び続けたが、ふたりの気配が遠のき、木々のざわめきが耳に聞こえるだけになってしまった。

「嘘だろ……こんなの、なんで俺が。俺はなにも悪くない。俺を好きだとアピールしてくるのは、いつも女のほうからなのに。俺はそれに応えていただけ」

 独特な唸り声と一緒に、草を踏みしめる音が次第に近づいてきた。
< 49 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop