あの日の誓い
「今まで仕事をやって来て、榊原くんが依頼人に興味を抱いたのは、実ははじめてなんだよ、これが」

「岡本さんがタイプの女性だったのではないですか?」

 ありえそうなことを言った田所に、山下はふるふると首を横に振った。

「以前、榊原くんと呑んだときに好きなタイプを聞いたら、年下で素直な感じのコって、照れながら言ってたよ」

「でしたら、岡本さんは真逆のタイプですね」

「だろだろう? だからこれはなにかあるなと、ワクワクしちゃってさ」

 山下は読んでいた書類を雑然としているデスクの上に置き、傍に落ちてるボールペンでなにか書き込みをはじめる。

「ワクワクって。絶対に厄介なことに巻き込まれるのが目に見えるから、私は言ってるんですよ」

「そうなるかもしれない可能性を考えて、本日榊原くんは奥さんと岡本さんの友達の話し合いに、こっそり隠れて同行しているでしょ」

「そうですね」

 山下のところに岡本から事前に電話があり、話し合いの際に旦那さんの浮気調査について、奥様が知りたいことがあるとなったときに、この件を調べた榊原さんから直接説明してほしいというお願いがあった。

 なので今日の別件の調査は、所長である山下と副所長の田所が担当することになった。

「奥さんが知りたくないと言えば、榊原くんはお役御免になるわけだし、厄介なことに巻き込まれない。知りたいとなれば、調査したことを洗いざらい教えればいいだけ。それに奥さんが納得すれば、お役御免になるってわけ」

「確かにターゲットの奥様は逆ギレするようなタイプじゃないし、むしろなにごともなく話し合いが進みそうですけど」

 デスクで俯く田所に、山下は動かしていたボールペンをとめる。

「なにをそんなに危惧してる?」

「なにもないところに恋愛感情がまざると、厄介なことになるのがわかっているので」

「ああ、田所ちゃんの経験談ね。まぁ不倫相手に愛する旦那さんを渡したくなくて、いろいろあがいちゃったもんね」

「…………」

 ふたたびボールペンを動かし、書き込みを終えると、山下は田所のデスクに赴く。

「ここんところの修正よろしく」

「あ、はい」

「無駄にあがいて、今も後悔してる?」

 不意に訊ねられた言葉に、田所は息を飲んで顔を上げ、山下の顔を見つめた。

「田所ちゃんあのとき、すべてを飲み込んで、なにもせずに旦那さんとすんなり別れるのと、あがいて涙して決別したのは、どっちが正解だったと思う? 結局、どっちも大変なのは変わりないけどね」

 瞼を伏せて考えること数秒で、田所はそれを導き出した。

「後者でしょうね。我慢してすべてを飲み込んでしまったら、なにもしなかったことを後悔するような気がします」

「そういうこと。だから榊原くんのことは、本人がなにか言うまで、あえて突っつかないで見守ろうね」

 嫌でもわかりやすいセリフで念を押されたため、田所はそれ以上なにも言えなくなってしまった。

 榊原が今後なにをするのか――ふたりは仕事をこなしながら、彼からの報告を待ったのだった。
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