あの日の誓い
***
私の職場では、不倫されてしまう不幸な同僚がいるせいで、離婚まで至る流れが自然と耳に入った。夫の不貞行為を暴くべく、探偵事務所に調査を依頼することも聞いていたので、それを実践した仲のいい同僚たちに、話を聞いてまわる。
同僚からの話の中で、リーズナブルな料金なのに腕のいい探偵事務所を紹介してもらえた。そこから無事にアポを取ることができ、仕事が休みの日に訪ねることになった。
ハナの親族でない、ただの親友の私の話を、探偵事務所の所長である山下さんが熱心に聞いてくれた。
「なるほど。高校からのご友人を心配して、ウチに訪ねてきてくださったワケですね?」
概要をざっと話した私に、山下さんは顎に手を当てながら呟く。歳の頃は40代後半から50代前半という感じの彼を見つつ、すぐ傍のデスクでパソコンを操作する女性に視線を飛ばした。
私の視線の先を辿り、山下さんが説明する。
「岡本さん、彼女は副所長をしている田所さんです。実は彼女もウチに相談に来たのがキッカケで、ご縁がありましてね」
「相談って、もしかして――」
「岡本さん、ご挨拶が遅れました。夫に不倫されて所長にお世話になった経緯で、コチラで働くことになった田所と申します」
デスクから顔をあげ、ちいさく頭を下げた田所さんに、私は慌てふためくしかない。
「あっ、その、よろしくお願いします……」
「岡本さんのお話を聞きながら、内容をまとめあげるために、パソコンに打ち込んでました」
そう言って、ふたたびパソコンの画面に向き合う田所さん。目の前にいる山下さんが頭を掻きながら、ポツリと呟く。
「僕はどうにも依頼者の方に同情してしまって、冷静な判断ができないときがあってね。そんな僕を田所さんが経験者として、きちんとサポートしてくれるんです」
「そうなんですね……」
「岡本さんが調査をしてほしい、ご友人の上司の方は既婚者なワケですが、夫婦仲が冷めていると?」
「親友にそう言ってるみたいなんですが、実際のところわかりません」
話をしながら、先日バーでもらった津久野さんの名刺を、ローテーブルに置いた。
「それでは調査する対象が二名になるということになりますが、どういたしましょうか?」
私が置いた名刺を手にしながら、山下さんが訊ねた。
「私は結婚に夢を見ている親友のことが、心配でなりません。だって確実に相手の奥さんを、キズつけることになるんですから!」
津久野さんをどうにも信用できない気持ちで告げたら、目の前にいる山下さんは相槌を打つように首を動かした。
「そうですね。きっと慰謝料のかかる略奪婚になりますし、ご友人のご両親がどう思うか」
山下さんは名刺を置いていたところに、調査にかかるであろう費用の一覧を見せてくれる。調査にあたる職員の人件費や日数、詳細な情報を求めればもとめるだけ、費用が上乗せされる仕組みだった。
「それに親友が彼と結婚しても、同じことをする気がするんです。親友が不幸になるかもと思ったら、いてもたってもいられなくて――」
言いながら、膝の上に置いてる両手を握りしめた。
「岡本さん、通常ならこの話は、お受けできません」
「えっ?」
意外なことを告げた山下さんを、穴のあく勢いで見つめる。
「理由はアナタがご友人と、本当に仲のいい関係かわからないからです。調べた調査をもとに、恐喝など犯罪に使われる恐れがあるためです。この業界は狭いゆえに、不穏な噂話をされないようにしなければいけません」
「確かにそうですね……。では調査を依頼するには、なにが必要でしょうか?」
意を決して訊ねた私に、山下さんは契約書を見せてくれた。
「まずはご友人と写ってる写真やメールなど、やり取りの確認できるメッセージを見せてください。関係がきちんと確認できたところで、こちらの契約書をよく読んでいただきまして、前金を半分振り込んでもらうシステムになってます」
私は迷うことなくスマホを取り出し、高校時代からの写真やLINEのやり取りを山下さんと田所さんに、すべて確認してもらった。その後、契約書を読み込んで署名捺印してから、本格的な打ち合わせをする。
探偵事務所を出てから、まっすぐ銀行に向かい、結婚資金に貯めていた定期を解約し、前金にあたる100万円を振り込む。
調査の結果でなにもなかったら、ギャンブルに負けたと思えばいいやという気持ちに切り替えて、万券の束を銀行の窓口に差し出したのだった。
私の職場では、不倫されてしまう不幸な同僚がいるせいで、離婚まで至る流れが自然と耳に入った。夫の不貞行為を暴くべく、探偵事務所に調査を依頼することも聞いていたので、それを実践した仲のいい同僚たちに、話を聞いてまわる。
同僚からの話の中で、リーズナブルな料金なのに腕のいい探偵事務所を紹介してもらえた。そこから無事にアポを取ることができ、仕事が休みの日に訪ねることになった。
ハナの親族でない、ただの親友の私の話を、探偵事務所の所長である山下さんが熱心に聞いてくれた。
「なるほど。高校からのご友人を心配して、ウチに訪ねてきてくださったワケですね?」
概要をざっと話した私に、山下さんは顎に手を当てながら呟く。歳の頃は40代後半から50代前半という感じの彼を見つつ、すぐ傍のデスクでパソコンを操作する女性に視線を飛ばした。
私の視線の先を辿り、山下さんが説明する。
「岡本さん、彼女は副所長をしている田所さんです。実は彼女もウチに相談に来たのがキッカケで、ご縁がありましてね」
「相談って、もしかして――」
「岡本さん、ご挨拶が遅れました。夫に不倫されて所長にお世話になった経緯で、コチラで働くことになった田所と申します」
デスクから顔をあげ、ちいさく頭を下げた田所さんに、私は慌てふためくしかない。
「あっ、その、よろしくお願いします……」
「岡本さんのお話を聞きながら、内容をまとめあげるために、パソコンに打ち込んでました」
そう言って、ふたたびパソコンの画面に向き合う田所さん。目の前にいる山下さんが頭を掻きながら、ポツリと呟く。
「僕はどうにも依頼者の方に同情してしまって、冷静な判断ができないときがあってね。そんな僕を田所さんが経験者として、きちんとサポートしてくれるんです」
「そうなんですね……」
「岡本さんが調査をしてほしい、ご友人の上司の方は既婚者なワケですが、夫婦仲が冷めていると?」
「親友にそう言ってるみたいなんですが、実際のところわかりません」
話をしながら、先日バーでもらった津久野さんの名刺を、ローテーブルに置いた。
「それでは調査する対象が二名になるということになりますが、どういたしましょうか?」
私が置いた名刺を手にしながら、山下さんが訊ねた。
「私は結婚に夢を見ている親友のことが、心配でなりません。だって確実に相手の奥さんを、キズつけることになるんですから!」
津久野さんをどうにも信用できない気持ちで告げたら、目の前にいる山下さんは相槌を打つように首を動かした。
「そうですね。きっと慰謝料のかかる略奪婚になりますし、ご友人のご両親がどう思うか」
山下さんは名刺を置いていたところに、調査にかかるであろう費用の一覧を見せてくれる。調査にあたる職員の人件費や日数、詳細な情報を求めればもとめるだけ、費用が上乗せされる仕組みだった。
「それに親友が彼と結婚しても、同じことをする気がするんです。親友が不幸になるかもと思ったら、いてもたってもいられなくて――」
言いながら、膝の上に置いてる両手を握りしめた。
「岡本さん、通常ならこの話は、お受けできません」
「えっ?」
意外なことを告げた山下さんを、穴のあく勢いで見つめる。
「理由はアナタがご友人と、本当に仲のいい関係かわからないからです。調べた調査をもとに、恐喝など犯罪に使われる恐れがあるためです。この業界は狭いゆえに、不穏な噂話をされないようにしなければいけません」
「確かにそうですね……。では調査を依頼するには、なにが必要でしょうか?」
意を決して訊ねた私に、山下さんは契約書を見せてくれた。
「まずはご友人と写ってる写真やメールなど、やり取りの確認できるメッセージを見せてください。関係がきちんと確認できたところで、こちらの契約書をよく読んでいただきまして、前金を半分振り込んでもらうシステムになってます」
私は迷うことなくスマホを取り出し、高校時代からの写真やLINEのやり取りを山下さんと田所さんに、すべて確認してもらった。その後、契約書を読み込んで署名捺印してから、本格的な打ち合わせをする。
探偵事務所を出てから、まっすぐ銀行に向かい、結婚資金に貯めていた定期を解約し、前金にあたる100万円を振り込む。
調査の結果でなにもなかったら、ギャンブルに負けたと思えばいいやという気持ちに切り替えて、万券の束を銀行の窓口に差し出したのだった。