先生の隣にいたかった
そして、私は無事、入試を終えた。
「皆さん、お疲れ様でした」
そう言いながら、教室に入ってきたのは、さっきの先生だった。なんだか、安心させてくれるような、優しい口調。私は、そんな先生の口調が好きだった。
「次は2週間後の合格発表の日に来てください」
みんなに向かって、話しているのに、時々目があっただけで、胸が高まる。
「では、連絡は以上です。お疲れ様でした」
先生が連絡を言い終えると、一斉に生徒が教室から出て行く。でも、私はすぐに教室から出ることはできなかった。少しでもいいから、先生と話したい、そんな気持ちが芽生えていた。生徒がみんな帰っている中、席に座っている私に気づいた先生は、私の方に向かって歩いてきた。先生と話せる。でも、そんな期待は一瞬にして奪われた。
「柴咲先生、お電話です」
たったこの一言で。でも、それに、ホッとしている自分もいた。だって、先生が来たところで、何を話せばいいかなんて、分からなかったから。そんな安心も束の間、
「七瀬さんだよね?すぐ戻るからちょっと待ってて」
「え?」
先生は、それだけ言ってすぐに教室から出ていった。正直嬉しかった。でも何を話すの?先生と、話をしたかったんです。なんて、とてもじゃないけど言えない。気づけば私は、恥ずかしさのあまり、教室を飛び出していた。
先生は、どう思うだろうか。待っててと言ってくれたのに。そんな事を考えながら、バス停まで走った。別に、先生が追いかけてくるわけじゃないのに。何から逃げてるのか分からず、ただひたすら走った。
その後も、ずっとバスの中で、先生の事を考えていた。あの後、先生は教室に戻ったのだろうか。今さら考えても、どうにもならない。そんなこと分かってるけど、後になって、先生を待っていればよかった、なんて後悔した。
バスを乗り換えて座席に座る。
「いお?」
ふと、私の名前を呼ばれた気がして、顔を上げると、そこにはしゅう君が立っていた。おそらく学校帰りだろう。
「しゅう君…」
連絡はくれたけど、私から別れを切り出してから、一度も会っていなかったから、どんな顔をして会えばいいのか、分からなかった。でもしゅう君は違った。
「今日の入試どうだった?」
こうやっていつも通り、普通に接してくれた。だから私も普通に、今まで通り話す事ができたと思う。
「うん、出来たと思う。でも……いやなんでもない」
先生のことを言いかけてやめた。この話は、しない方がいい。しゅう君だからとかじゃなくて、きっと誰にも話してはいけない気がしたから。
「そっか。じゃあ、後は結果待ちか〜」
「なんかしゅう君が、入試受けてきたみたいな口調だね」
「え、そう?」
「うん」
そんな事を言いながら笑ってる間、先生の事を忘れられた。
でも、家に帰り一人なった瞬間、なぜかまた、先生の事を考えていた。今、先生は何してるんだろう。どこにいるんだろう。こうやってずっと、先生が頭の中から離れなかった。
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