なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

17.魔獣の出現

 山林の雪道を疾走しながら、合図の煙が立ち上っていた山の中腹を目指す。魔獣の痕跡の目撃情報があった中の一ヶ所が、その場所に近かった事を記憶から引っ張り出した。

(恐らく、魔獣の痕跡があった辺りを調査していて、魔獣に遭遇したと言った所か。クソ、よりによって今日出くわすとは)

 魔獣の出現に休日など関係ないのはいつもの事なのでそれは良い。だが、今回は観光を中断させてしまったサラの事が気に掛かった。

(観光が半日になってしまった上に、碌に宿舎まで送ってやれなかった。今日の思い出が苦いものにならなければ良いが……)
 せめてこれ以上悪い思い出にならないよう、被害を最小限に食い止めるべく、俺は馬を駆った。

 目的の場所が近付いてきた時、遠くの方でズシンズシンと何かが遠ざかって行く音が聞こえた。怪訝に思いながらも先を急いでいると、木々の中に数人の人影が見えた。

「お前達、何があった!」
 部下達の姿を認めて声を掛け、近付いて馬を止める。

「総司令官! ジムが魔獣にやられまして……!」
「何だと!?」
 ルースの言葉通り、右の上半身を血だらけにしてぐったりと横たわり、手当てを受けているジムの姿が目に入って、俺は息を呑んだ。

 ジムはまだ成人したばかりの新人兵だ。実力はあるが経験が乏しい為、熟練の兵士達と行動を共にさせていたが、初遭遇の魔獣相手では分が悪かったのかも知れない。魔獣から受けた傷は悪化しやすく、治っても後遺症が残るという嫌な知識が脳裏を過る。

「急所は辛うじて避けたようですが、重傷です。応急処置が終わり次第、病院に運びます」
「分かった。魔獣はどうした?」
「申し訳ありません、取り逃がしました。総司令官が到着される少し前に、何故か急に逃げて行ってしまいまして……。ジムの応急処置を優先させていた次第です」

 魔獣が逃げて行った、という言葉が気になった。
 戦闘中に魔獣が逃げ出したという話は聞いた事が無い。一人が重傷を負い、血を流していたのなら尚更だ。魔獣からしてみれば、弱った獲物を目前にしながら背を向けた事になる。
 不可解ではあったものの、今はそれ所では無い。

「それで良い。応援が来たら追跡開始だ」
「畏まりました」
「あんた達、何があったの!?」

 タイミング良く、ジャンヌが応援を連れてやって来た。ルースが先程の説明を繰り返している間に、ジムの応急処置が終わったようだ。

「キンバリー総司令官、休日中に申し訳ありませんでした。後は我々にお任せ下さい」
 敬礼するジャンヌに、俺は頷く。

「分かった。俺は先に病院に行って治療の準備を整えさせておく。そちらは頼んだぞ、ジャンヌ」
「はい! ルースはジムを病院に運びな! あんた達、絶対に魔獣を取り逃がすんじゃないよ!!」
「「「はい、隊長!!」」」

 発破をかけるジャンヌを背に、俺は山の麓近くにある病院まで再び馬を駆った。院長に連絡し、後からルースが連れて来たジムを迎え入れる。

「やはり、今夜が峠ですな。助かるかどうかは五分五分ですし、助かっても右腕は使い物にならない可能性が高いかと」
「……そうか」

 初老の院長の説明は、予想と違わないものだった。将来性のある有望な若者の未来が、こんな所で閉ざされてしまうのかと思うと、どうにも遣る瀬無くなる。

「ルース、お前はジムに付いていてやれ。俺は詰所で指揮を執る」
「畏まりました。休日中にご足労いただき、ありがとうございました」

 力無く頭を下げるルース。ジムを弟のように可愛がっている所を目にしていたので、その心労は痛い程分かる。

 後ろ髪を引かれる思いで病院を後にし、詰所に行った俺は、人員配置に頭を悩ませた。ジムの血の臭いを嗅ぎ付けた魔獣達が活発化する恐れがあるので、今夜は山方面の警備を厳重にしたい所だが、夜勤にもかかわらず現場に急行し、今も魔獣の追跡に加わってくれている兵士達もいるので、彼らに休息は取らせたい。要は人手不足なのだ。

(……仕方ない。ルースも数に入れるしかない)

 戦力になるルースを数に入れてローテーションを組み立てる。ジムは病院に任せるという選択肢も頭を過ったが、職務中の出来事という事もあるし、上司としては誰かを付き添わせてやりたかった。兵士以外の信頼できる別の者に頼むしかないが、今関係者の中で、手が空いている該当者は、今日が休日のサラだけだ。

(まさか、こんな事になってしまうとは……。良かれと思ってサラを連れて来たが、これではサラにとって嫌な思い出しか残るまい。……だが、キンバリー辺境伯領に居る以上、何れは知る事になる現実だ。ならば、今のうちに教えた方が良いのかも知れない……)

 暗鬱な気分になりながらも、サラ宛の手紙をしたため、部下を呼んで手紙を託した。宿舎の離れに居るサラに届けた後、病院に送って行き、交代させたルースを連れ帰るよう告げる。
 暫くして戻って来たルース達を含め、その場にいた全員に、今のうちに休息を取っておくように命じた。……とは言え、ジムの事が気掛かりで、ルースは勿論の事、誰も満足に休む事などできないだろう。

 辺りが暗闇に包まれた頃、詰所に帰って来たジャンヌ達によってもたらされた魔獣討伐完了の知らせが、唯一の救いだった。
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